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>>【前編】なぜ脳しんとうは過小評価されるのか? いまだ立ち遅れる脳しんとうへの理解 岡田瞳×熊崎昌対談

――お二方は、なぜ日本でまだここまで脳しんとうに関する理解が深まっていないのだとお考えですか?
 
岡田 例えば足関節の捻挫であれば選手は痛がりますし、患部は腫れます。症状が明らかで、わかりやすいですよね。しかし脳しんとうの場合、目に見える明らかな変化がなく、多少クラクラしたり、ふらついたりしても、時間の経過とともに消失してしまったりして、危険視されにくいのかもしれません。
 
スポーツ以外でも、子どもが遊んでいて誰かとぶつかったり、転んで頭を打ったりというケースはあると思います。日常でも起こり、経験されてきたことなので、競技中に頭を打っても今さら重篤なものと思われないのかもしれません。精神的な問題と誤解されたこともあります。やはり他の外傷・障害と比べると、客観的に見える症状として分かりにくいところが影響しているのかなと思います。
 
サッカー界に関しては、先ほどもありましたが、報告されていない、あるいは認識されていないだけで、実は脳しんとうの発生率は高いと。それは現場での脳しんとうへの理解度がまだまだということですし、今後改善していかなければならない部分だと思います。
 
熊崎 今の話と似たような話になりますが、どうしてそのように受け取られてしまうかという点で、一つの理由として脳しんとうに関しての研究がまだまだ少ないということもあると思います。
 
研究論文もこの10年くらいですごく増えてきて、研究として発展し始めたと思います。例えば前十字靭帯損傷はサッカーでもよくあるケガだと思いますけど、今では手術の方法やリハビリも確立され「このくらいの時期に復帰ができる」もしくは「この場合は手術した方がいい」「こういう症状がある時は前十字靭帯を疑うべき」「こんなトレーニングしたら予防できる」ってことが非常に明確になってきたと思います。
 
しかし脳しんとうに関しては、まだまだ研究が進んでいないというのが現状だと思います。実際に、脳しんとうで現れる様々な症状のメカニズムは実は結構不明確なんですよ。そういった状況の中で、われわれみたいなトレーナーのような立場としても、明確なことを言えない。「こういう状況だから必ずこうすべきだ」っていうトレーナーとしての判断基準は、なかなかまだ線引きできていないのが現状です。結果、それを受け取る側として「よくわからないからいいや」「そんなのでケガって言われても困る」ということが起きてしまうのではないかなと思います。
 
――なるほど。ということは、脳しんとうっていう言葉自体が新しい単語なんですか?
 
熊崎 Concussionという単語自体は、比較的昔からあったと思います。でも、先ほどお話ししたような脳しんとうの定義自体は、2000年ごろにやっと明確にされたというものなので、そういった意味ではまだまだケガの一つとしては新しい概念なのかなとは思います。脳しんとうに似たような言葉は、昔からあったと思います。指導者だったり、研究者だったり、ドクターだったり、それぞれの立場であいまいな基準でなんとなく脳しんとうって言葉が使われていたなかで、ハッキリしたのはここ20年くらいかなと私は考えています。
 
岡田 受傷後の対処という観点から見ると、例えば捻挫をしたり骨折をしたりして整形外科を受診すると、画像検査をして固定したり、リハビリを指示されたりと、何らの対処がなされるわけですね。しかし脳しんとうの疑いを持って受診させても、「画像を撮らなくても大丈夫だろう」と言われることもあります。画像を撮った後に、「何もないから大丈夫」と言われてしまうこともあります。救急指定病院を受診させて、「この程度で連れて来なくても」と言われたこともありました。
 
やはりスポーツ傷害にそれほど特化していない環境では、その科で扱う病気やケガに比べると、軽視されてしまう部分もあると思います。そうすると、選手や保護者の方々はドクターの意見を信じますから、「もう大丈夫」「今すぐプレー復帰できそうだ」と思ってしまうんですね。トレーナーとしては、少し難しい状況に置かれてしまうわけです。
 
熊崎 私は高校生などの学生スポーツでトレーナー活動をすることが多かったですが、フルタイムで契約しているわけではないため病院までついていくことができず、本人と親御さんで脳神経外科のある病院に行ってもらうこともあります。
 
日曜日の試合で頭を打って「この後に何かあっても困るので、とりあえず今日中に脳神経外科で診断を受けた方がいいな」ということで、お母さんと選手で行ってもらったら「何も写らなかったし、軽い脳しんとうだから1日休んで明日からやっていいんじゃないの」って言われましたと報告されることはありますね。
 
お母さんは「お医者さんがそう言ったのだからいいんじゃないの」ってなりますし、選手もそうですよね。そういった意味では、まだまだトレーナーとか指導者に限らず、社会全体として脳しんとうの認知度は低いのかなと思います。
 
――そのお話に関連してなのですが、いわゆる“セカンドインパクト症候群”(脳しんとうを起こした後、短期間に二度目の衝撃を受けることで重篤な症状に陥ること)という言葉は今でも使われているのですか?
 
熊崎 セカンドインパクトシンドロームという言葉はあります。ただ、本当に厳格な意味で「これがセカンドインパクトシンドロームです」っていうのはよくわかっていません。広い定義としては、脳しんとうやそれに類似した症状が頭部に衝撃が加わったのち、初回のダメージから完全に治っていない状態でまた同じような衝撃を受けてしまう。すると、その2回目にはより大きな症状として現れてきたり、場合によっては脳しんとうを超えた重篤な問題に変わっていってしまう……というのがセカンドインパクトシンドロームだと言われていると思います。
 
ただ、セカンドインパクトというと、『その練習もしくは試合内で2回目』と誤解もされたと思います。その結果、翌日だから大丈夫とか、早期復帰の判断につながってしまうのも非常に怖いと思いますので、私はセカンドインパクトシンドロームを広い意味で捉えたいなと考えています。
 
広い意味でのセカンドインパクトというものは、実はスポーツ現場でよく見かけることなのではないかと思います。症状が消失していない段階で無理矢理復帰をさせてしまう、本人の意志に任せてプレーを継続させてしまった結果、同じような衝撃で今度は脳しんとうの症状が大きくなってしまった、簡単にプレー復帰できないくらいの状態になってしまう、ということは起こりうると思います。だからこそ、国際的なガイドラインに沿って十分な回復期間を設けた上で復帰させていくべきだなと思いますし、どのスポーツであってもそうあってほしいと思います。
 
――Jリーグで働かれているトレーナーさんも、もちろん代表チームのスタッフの方々も非常に優秀な方々だと思うのですが、しかし実際にJリーグでこういうケースが起こってしまう。それは、どういうところに理由があるのでしょうか?
 
岡田 状況によりますし、トレーナー自身が本来あるべき指針に沿って適切な対処をと思ったところで、それが監督やコーチなど、たくさんいるスタッフの中でどの程度意見として反映させてもらえるかという問題もあります。
 
大会運営や大会規則といったものが、迅速な対応の邪魔をする場合もあります。引退試合と決めて、揺るぎない覚悟を持って臨んでいる選手の意思を周囲が尊重したい、と思うケースもあるでしょう。選手の命や選手の将来を守るべきと重々承知していても、さまざまな事情が絡み合い、実際には止められなかったということは正直あると思います。現場にいない人間には、想像が及ばないような問題が潜んでいるかもしれません。
 
ただ、それを「仕方がない」と片付けてしまうのは問題です。特に、注目度の高い舞台ではそれを目にした方々が誤解してしまったり、美談に仕上げてしまったり、子供たちが真似をしてしまうような状況を作ってはいけません。現場にしかわからない事情というものが存在しても、それに対してどうすべきか、解決する姿勢を忘れてはいけませんし、それは永遠の課題のような気もします。
 
熊崎 そういった点で報道などをみていて私が思う部分としては、トレーナーに全ての責任がかかり過ぎているとは思います。その場に居合わせたトレーナーが良くなかったとか、トレーナーが正しい対処をしていなかったとか。それは少しおかしいなと思っていて、実際に選手の交代についてはトレーナーだけでなく監督やコーチも関わりますし、そういった重大事故を防ぐための安全管理という点では、本来は競技自体のルールや会場の運営が整備されなければいけないと思います。
 
そこに関しては、トレーナー以外の人間も関与する部分が多いはずです。NFLでは試験的なルールとして、客観的な第三者が脳しんとうと疑わしい選手を止めることができるルールが運用されているようです。ラグビーでも、第三者が判断できるシステムが運用されています。このような運営面での整備ということが、事故を防ぐ一番の解決策ではないかと私は思います。該当の選手が所属するチームのトレーナーだけの問題ではないのかなと思います。
 
――2015年8月8日に行なわれたチェルシー対スウォンジーの試合で、チェルシーのジョゼ・モウリーニョ監督が、女性ドクターエヴァ・カルネイロ氏をベンチからの追放処分にしましたよね。エデン・アザール選手の治療に当たろうとピッチに入り、そのことでアザールは一度ピッチをでなくてはならず、チェルシーは一時的に9人(その時点で退場者を出していたため)で戦わなくてはならなくなったためであると。結局、カルネイロ氏は退団を選択することになりましたが、要はトレーナーやドクターはそれくらい弱い立場ってことなんですよね。
 
熊崎 実際に何が起きていたのかはわかりませんが、よくある話かとは思います。
 
岡田 監督目線から、スタッフがチームとして機能するかどうかという部分は大きいと思います。専門的な仕事をキチンとこなしているかというのは、専門家にしかわからない部分もあります。やはり同じ方向性を持って一緒に仕事がしやすいか、安心して任せられるか、相性が良いかは、重視されると思います。
 
とはいえ、選手やスタッフへの啓蒙活動も含め、緊急時に迅速な対応ができるように日頃から準備しておくことは大切です。日本ではさまざまなバックグラウンドを持った方々がトレーナー活動をしていますが、徒手療法やトレーニング法など、いわゆるコンディショニングという部分を重視し、救急処置の分野が優先順位として低くなっていないかと心配に思うことはあります。
 
医療資格の取得を目指す養成校では、深く学ばない分野なのでそのような傾向になってしまうのかもしれません。AEDは扱えても、頭部外傷の評価や搬送方法など、自信を持って「自分は大丈夫」と口にできるでしょうか。スポーツ現場に立つのであれば、何度もシュミレーションを行ない、自ら積極的に学ぶ姿勢を忘れてはいけないと思います。
 
熊崎 救命処置、例えば心肺蘇生法とかが具体的にイメージしやすいかなと思いますが、心肺蘇生法を使う必要のある場面はめったに起きないと思います。そんな中、トレーナーの方々も、日々勉強しなければいけない、準備しなければいけない仕事の中では優先順位が低くなってしまうのではないかと思います。
 
ラグビー、アメフトは比較的そういった場面が身近なものだと思い、練習や準備をしておかなければいけないと考えやすいスポーツではあると思いますが、それでもなかなか直面することはないので、それよりも日々のルーティンワークに自分の時間を割いてしまうということが現実的な話ではないかと思います。やはり事故の恐ろしさは、起きてからでないとわからないものですから。
 
今日は脳しんとうって話から始まっていきましたけど、命に関わるようなケガ、事故ってものをどう対応するのか、どう未然に防ぐのかってところに関してはトレーナーで考えるだけの問題ではなく、指導者の方や親御さん、そして選手自身も一緒に考えてもらわないといけないことだと思います。だからこそ、知識を共有していくってことは大切なことなんだろうなと思いますね。
 
――見てる側もやってる側も、ドクターやトレーナーといった方々に対し「何かあった時になんとかしてくれる人」といった風にどうしても思ってしまうところがあると思うんですけど、そうではなく皆さんの協力がないとうまくいかないってことですね。
 
岡田 ましてやトレーナーがいないチームの方が多いと思いますので。
 
――そうなると、コーチの人も最低限の知識を持ってやらなきゃいけないわけですね。
熊崎 脳しんとうや頭のケガは知識をもつことが重要だと思いますので、例えばサッカーのコーチであればサッカー自体の指導が本業だと思うんですけど、それに付随して目の前で起きることに対して最低限知っておくべきことはあるのではないかと私は思います。
 
――最後に現場のコーチの方々に向けて、メッセージはありますか?
 
熊崎 とはいえ、職業の専門性はそれぞれあると思うので、脳しんとうに関してはドクターやトレーナーという専門的な知識を有した人間に頼っていただきたいなと思います。例えば選手、監督なんかがパッと来て「お前、脳しんとうじゃないから」なんて言ってしまうことはよくある話だと思います。
 
そういった部分では専門的な知識という点でトレーナーは当然勉強してますし、わかることも多いですからしっかり委ねてもらいたい部分はある。一方で、いざ何か大きな事故が起きてしまう、皆で対応しなければいけないっていった時にお互いに協力しあえる態勢や準備というところは一緒に考えていただきたいところかなと思います。
 
岡田 トレーナーはもちろんですが、スタッフ全員が緊急事態に備えていろいろな状況をシュミレーションし、準備をしておくことが大切ですね。事前に共通認識を持っているのといないのとでは、実際の対処に差が出てくると思いますので。
 
それから、これまでに出てきたガイドラインや、脳しんとうに関する指針については、日本サッカー協会の公式サイトで閲覧することができます。サイト内のメディカルインフォメーションというページからは、資料をダウンロードすることも可能です。それ以外でも、インターネット上には有益な情報が溢れていますから、積極的に活用していただけたらと思います。
 
<了>

>>【前編】なぜ脳しんとうは過小評価されるのか? いまだ立ち遅れる脳しんとうへの理解 岡田瞳×熊崎昌対談