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アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

去る9月22日、デイリースポーツさんに「照ノ富士、脳しんとうも無傷の10連勝」という記事が掲載されました。照ノ富士関が平幕・玉鷲との取組中に脳しんとうを起こしながら、最後は上手投げで勝って10連勝という内容です。

記事の書き手がどうというよりも(デスク判断で削った可能性もあり)、この様子だと大相撲というスポーツ自体に、まだまだ脳しんとうの危険性に対する知識は啓蒙されてはいないのではないかと私は思います(本件について照ノ富士関が所属する伊勢ヶ濱部屋に電話取材を試みましたが、担当者不在とのことでした)。

照ノ富士関はこの翌日、サッカー日本代表のハリルホジッチ監督が観戦に訪れた大関・琴奨菊との一番に勝利し、全勝を守っています。その結果自体は素晴らしいですが、脳しんとうと言われながら医療機関に行った様子も、そこで出場の可否について検討された様子も、各種報道では伺い知れません。わかっているのは、「脳しんとうと診断されながら、翌日も激しいコンタクトがある大相撲の取組に出場した」という事実のみです。

このケースに限らず、スポーツ現場にかぎらず、社会的に脳しんとうという病態に関する理解はまだまだ不足しているのが現状ではないでしょうか。そもそも、「脳しんとうとは何ですか?」と問われた時に、私もそうですが定義を説明できる人はほとんどいないのではないでしょうか。

打撲、切り傷、骨折など、わかりやすい外傷ならば誰もが応急処置を施しますし、適切な医療機関に選手を連れて行きます。しかし頭を打った選手に対しては、どのような判断基準で接してよいか、きちんとした知識を持たない人が大多数ではないかと思います。そこで今回は、(株)アレナトーレ所属のアスレティックトレーナー/理学療法士・岡田瞳氏、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士課程の熊崎昌氏にお話を伺いました。(取材日:2015年09月04日 構成:澤山大輔[アスリートナレッジ編集部])

■脳しんとうの定義は定まっていない
――今日は、スポーツコーチが知っておくべき脳しんとうの知識について伺えればと思います。そもそも論として、まずは「脳しんとうの定義」から伺いたいんですが、どういう状態になった時に脳しんとうだと判断をされるんでしょうか? 医学的判断はあると思うのですが、現場で頭を打った時にどういう基準で見分ければいいのでしょうか?

熊崎 まず、研究分野においても脳しんとうってまだまだハッキリしていないものと思います。脳しんとうは頭部の他の病態が除外され、それでもなお自覚症状や機能的な障害がある。例えば画像を撮ったり、MRIやCTを撮った時に何も写らない。そういった状況の中でも激しい頭痛、吐き気があるとか、めまいがする、ふらつくとか、いくつか特徴的な症状があるんですが、そういった症状が残っている状態、それを脳しんとうと今のところは定義されていますね。

「何が脳しんとうで何が脳しんとうじゃないんですか?」と聞かれることが多いのですが、スポーツ現場のレベルで、例えばサッカーの試合中に頭を打って倒れました、じゃあその選手がどのような外傷を負っているのかって実は誰もその場では判断できないと思います。以前サッカーのニュースで、試合中に頭を打って実は脳内出血していたなんて事例もあったかと思います。そういったものは、実際に目に見える症状は脳しんとうとほとんど変わらないです。でも実際に病院に行って、画像を撮って見ると中で出血していた。一方で、その反対のケースもあり得ると思います。

――なるほど。打った現場では色んな可能性を考えなければいけないですが、現場では分からないんですね。

熊崎 ラグビーやアメリカンフットボール競技ですと、よく整形外科や脳神経外科の先生がチームドクターとしてグラウンドに立ってくださることがあります。そういった先生方も「その場では絶対判断できない」と仰る先生もいますね。

――何か判断するものがあるのかなと思ってたんですけど、ないんですね。ということは、頭打ってフラフラしてる時点で基本的には脳しんとう以上に状態が悪いということは当然想定されうるので、打った時点でプレーは即止めるべきってことですね。

熊崎 まさにその通りです。頭を打ったとして「脳しんとうだから」絶対にプレーを止めさせなければならないというよりも、「もっと重篤な問題があったり、何が今選手に起きてるのかが判断できないから」その場で復帰をさせるべきではないっていうのが現実的な話だと思います。例えば、グラウンドでも指導者の方、私はラグビーの指導者の方と話すことが多いですが、「その場でグランドに戻していい基準ってないの?」と。例えば、「一回脳しんとうっぽいので外に出します」って言って様子を見て、何らかの基準で「こいつ大丈夫です」って形でやる方法ってないの? と聞かれることがありますが、基本的にはないです。

特徴的な症状っていうのは、いくつかあると先ほどもお話ししましたが、そういった症状が出ててくるということは少なからず脳内に何か問題が起きている。そのため重篤な問題や危険なものを明らかにするためにも、その場で復帰してもいいという判断はできないということになりますし、判断できるような評価方法はまだ見つけることはできてないっていうのは現状ですね。

グラウンドでの評価の方法として、例えばバランステストをしましょうとか、記憶のテストしましょうっていうものはもちろんあります。そういったもので、問題があればより脳しんとうの疑いが高いですよ、ほぼ間違いなく脳しんとうだと言えますよ、という評価はあります。けど、一方で「そのテストが大丈夫だから脳しんとうではない」っていう評価はないですね。基本的には、脳内で起きてると考えられるような症状が出て来る場合は全て脳しんとうとして捉えるべきだと考えられています。

――岡田さんは現場でトレーナーとして活動される中で同じ基準でやられているんですか?

岡田 脳しんとうに限らずですが、現場に立つ医療スタッフとしては人命と選手生命の二つの命を守らなければいけないと常日頃から思っていますので、やはりリスクがあると思ったものに関しては最大限配慮して除外するという方向ですね。

――これまでで、例えば頭を打った選手はほぼプレーさせないという判断をしてこられたんですか?

岡田 先ほど熊崎さんの方からもご説明がありましたように、脳しんとうに関する指針のようなものや、疑わしき症状に対して評価をするためのツールは存在するんですね。それらを活用して評価はします。実際には、「頭部へのコンタクトがあった」という事実だけで必ず試合や練習を中断させるかというと、そうではありません。例えば、競技をしていれば頭が触れる程度のごく軽い接触というものもありますよね。ですから、頭部の接触により100%除外というわけではなく、判断が難しい場合もありますが、ケースバイケースな部分は正直あるかなと思います。

熊崎 まさにその通りだと思います。ラグビーの選手とかアメフトの選手に言わせると、「いや、頭は毎日打ってる」と。「頭は毎日痛い」、「それで全部脳しんとうにされたら、俺達は何もできない」っていうのは言われてしまいますし、私も彼らの言うことは分からなくもないです。

よく、そういった時に私が表現する部分は「いつもと明らかに違う」っていうのは一つ大きなものかなと思います。実際に脳しんとうになった選手が自己申告してくることもよくあります。「ちょっと今日おかしいです」とか「頭痛が激しいです。普通のヒットした時の痛みじゃないです」「目まいがしちゃって焦点が合わないです」とか、記憶がなくなるっていうのも一つの大きな症状だと思いますが、やっぱり明らかな自覚症状は本人から出てきますし、周りが見ても明らかにおかしいと気づくことができると思います。

なので、実際に現場の中で「これは脳しんとう」、「これは脳しんとうじゃない」っていうふうに厳格に判断していくことは非常に難しいものだと考えられます。その中でも疑わしきものについては基準となる症状のリストがあるので,その中で明らかにいつもの状況とは違うものを判断してもらいたいかなとは思います。

――選手が強く競技復帰を希望するっていうことはよくあると思うんですけど、そういう時はケースバイケースで対応されてると思うんですけど、熊崎さんはどういう対応をされてるんですか?

熊崎 まず、脳しんとうに関しては基本的な復帰のガイドラインですね。こういうふうに復帰をさせるべきという国際的な指標が実際にあります。スポーツに関する脳しんとうの国際会議がありますが、そこにはFIFAやIRBという各スポーツの競技団体がその提言に沿ってルール整備をしています。そのため少なくとも、サッカーとラグビーに関しては、本来そういった脳しんとうに関する推奨されている守るべきルールっていうのはあります。そのルールに沿って復帰をめざしていく、というのがあるべき姿かと思います。実際には少なくとも1週間は競技復帰できないとか。

そういった国際ルールに則って復帰を目指していくというところが、まず選手やコーチにキチンと伝えるべき部分なのかなと。選手はもちろん「復帰したい」「試合したい」「練習したい」って思うのは当然だと思うので、もちろんそれは大事な感情として否定はしないですけど、合わせてある程度科学的な検証によって、「このくらいまでは脳しんとうの症状が残っている」もしくは「このくらいまでにはコンタクト練習をさせない方がいい」っていうのが出て来てるので、そこは守ってもらうように選手だけじゃなくて監督、コーチ陣にも説明をして理解してもらうのが大事かなと思います。

――岡田さんはどのような対応をされていますか?

岡田 同じように、ルールやガイドラインと合わせて説明をします。それを元に、今はどういう状況なのか、もし復帰した際にはどういうリスクがあるのかなど、少し先の展望なども踏まえながら、現実的にお話しをして理解を得るという流れですね。

――トレーナーの皆さんの中ではこういう情報が広く共有されているんですか?

岡田 広くというと難しい面がありますが、現場で活動するトレーナーなら基本的な知識は持ち合わせていると信じたいですし、脳しんとうに限らず適切な救急処置を行なえるべきです。ただ、やはりその競技特有の起こりやすいケガというものは存在しますし、帯同する競技によって知識や経験に偏りは出てくるかなと。

サッカーであればW杯など、メディアで取りあげられるようなトップレベルの試合において、脳しんとうと思われる症状への対処に疑問を持たれるケースがいくつかあったと思います。それらをきっかけに、サッカー関係者は改めて見直さなければと危機感を持ったと思いますが、それはラグビーなどのいわゆるコンタクトスポーツに関わってらっしゃる方々に比べると、正直遅れを取っていますし、勉強不足な面も多々あるのかなと思います。

――なるほど。そこまで頻繁に起こる負傷じゃないからというところなんですかね。

岡田 頻繁に起こると思われていないのかもしれません。もちろん、勉強熱心な方々ばかりですし、より詳しく勉強されている方々もたくさんいらっしゃいます。ですが全体的に見ると、選手や他スタッフへの情報の浸透度から考えても、コンタクトスポーツの方々ほど危険視されていない部分があることも現状だと思います。

熊崎 今、サッカーで脳しんとうが稀なケガという話をされていたんですけど実はそうではないです。脳しんとうの発生率については様々な研究が出ていますが、競技スポーツで言うともちろんアメフトやラグビー、アイスホッケーなどは脳しんとうの発生率は高いです。

でも、次にサッカーが挙げられます。やはり頭でボールとコンタクトする、頭を使ってボールを操作するっていうところで相手と頭同士でぶつかる場面とか、そういった場面は意外に多く起きていると思います。実際に調査をすると、脳しんとうの発生率はサッカーにおいても決して低くはありません。それは足関節の捻挫とか、そういうのに比べれば当然少ないですが、一般的に思われている以上に実は脳しんとうの発生率は高いと思います。

もう一つは、よく研究分野でも指摘されていますが,それが脳しんとうだと本人達が気付いてないという問題があります。近年、海外の研究では脳しんとう患者の病院受診率が右肩上がりで増えているそうです。その理由としては脳しんとう自体が本当に増えたわけではなく、周りの人間や監督、コーチ、選手本人が何が脳しんとうなのか少しづつ知り始めて、それによって認知度が高まって「あ、僕は今脳しんとうです」、「これは昔は脳しんとうじゃないって言ってたけど、これも脳しんとうなんだな」と理解し始めているからだと思います。なので、実際にはサッカーにおいても脳しんとうが多く発生しており,かつ周りの人や本人がまだ気づいてないものが多いと思います。

<続く>