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アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

「腹を割って話そうぜ」「今夜は無礼講だ」「言いたいことがあればハッキリ言えよな」……そういわれて、はたしてどれだけの人が“腹を割って”“無礼講で”“ハッキリと”喋れるでしょうか? 少なくとも、小心者の僕(アスリートナレッジ編集部・澤山)は無理です。むしろ、言われると警戒してしまいます。大小なりとも、そういう傾向はみなさんもあるのではないでしょうか。
 
どうやら、僕のような捉え方は決して特殊ではないようです。国際コーチ会議で登壇したヤン・マイヤー氏のお話を中心に、中野吉之伴さんの記事をお読みください。なぜあなたの声掛けは失敗してしまうのか?

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『真実とは、ウソつきの考えだした発明品である』
 
 壇上の心理学者ヤン・マイヤーがパワーポイントでこの言葉を紹介すると、隣に座っていた初老の参加者が「ホォ」と頷いた。国際コーチ会議初日に行なわれた「指導者に求められる基本的なコーチング能力」というテーマでの講演の最中だった。冒頭の言葉はとある心理学者のもの(誰のセリフかは忘れてしまった)。この言葉の真意はどこにあるのだろうか。僕らは世の中には真実があふれていると思っている。客観性が大切だと思っている。でも客観性とは何だろうか? フライブルク大学時代に僕はフッサールの現象学をかじった。「主観性と客観性は絶対に一致しない」と。
 
簡単に説明すると、僕らはそれぞれ自分の判断基準と判断機関を持っているが、それを客観的に正しいかどうかを図ることはできないということだ。例えば目の前にコーヒーカップがあるとする。誰が見てもコーヒーカップだ。でも目でそれを見て「これがコーヒーカップだ」と判断する機関そのものが正しいかどうかを自分で判断することはできない。自分は正しい判断をしているという前提でしか、ものを認知することはできないということだ。僕らはお互いのイメージのすり合わせの中で客観性を作り出し、経験を重ねていくことで情報に厚みを加えていく。
 
マイヤーは「認知とはなんだろうか? 人間の目はそれぞれ同じに物を捉えていない。片目ずつずれたところでものを見て、それを頭のなかで融合させる。過去に見たことがあるという経験からそれが何であるかを設定する」と説明していた。コーヒーを飲んだことがない人にはコーヒーカップという概念がないように、それぞれの経験に共通項がないと客観的な認知は生まれないことになる。
 
サッカーのフィールドに置き換えて考えてみよう。シーズン25点をとった選手が鳴り物入りで移籍してきた。しかし翌シーズンわずかに数点しか取れなかった。珍しい話ではない。「実力不足」「環境に馴染むことができなかった」「プレッシャーに押しつぶされた」様々な意見がメディアで飛び交う。あるいは名将とされる指導者がチームを浮上させることができないということも頻繁に起こっている。なぜ、同じようなパフォーマンスをすることができなかったのだろうか。
 
この点に関してマイアーは「どんな人間もそれぞれ機能するための条件がある。社会性や嗜好性は異なり、人間関係の築き方にもそれぞれの特徴がある。自分の実力を発揮するためには、自分を100%信頼してくれる人間の存在が身近に必要。人を外から直接変化させることはできない。自分自身の環境適性などから新しい世界観が生まれてくるのだ」と見解を述べていた。
 
「シーズンに25点取る選手」という認知からは誤解しか生まない。その選手の性格や人間関係、環境適正能力などを配慮し、実力を最大限発揮できるための環境を提供してくれる人物がいるかどうか。グローバル化した世界のサッカーでは様々な国の、様々な地域から様々なタイプの選手がやってくる。特に選手にとっては監督、監督にとってはチームマネージャーや会長がそのために重要だろう。そうした確かな存在を肌で感じることで、新しい環境に適応していくことができるようになる。なぜ指導者はクラブにとって重要なのか。まさにこの点に尽きる。専門知識や戦術理解も、こうした人心掌握ができないと浸透しないのだ。
 
では人を導く存在として指導者は何に気を付けなければならないのだろうか。相手を導くためには相手を知らなければならない。そのために最も大切なのは話を聞くこと。マイヤーによると、そのために次の5つのポイントを網羅してないといけないという。

1.話の門を開ける
2.中立な状態で聞く
3.相手への興味を示し、相手の立場にたって話を聞く
4.相手が発しているシグナルを感知する
5.本当に相手のことを理解しているかを自問自答してみる

 
話を聞くうえで一番大切なのが、相手から話を引き出すこと。そのために大切なのが、話しだしたくなる環境で話をすること。「腹を割って話をしよう」と机に座り、向かい合って話そうとしても構えた会話しかできない。もちろん人によるし、ある程度は相手も話をするだろう。でも結局、表面だけの会話になってしまう危険もはらんでいる。
 
選手が一番心を開いて話をする存在は誰だろうか? それはマッサージ師だという。目を見ないでリラックスした雰囲気で、話したいことを口にすることができる。話すことを強制されたわけでもない、頭の中でぼやっとしたことも口にしてもいい空間での会話(独り言)を通して、自分の頭の中が自然と整理されていく。そう考えると話を聞くのには、グラウンドへ向かう途中とか、控室で着替えながらといった砕けた雰囲気の時が適しているのだ。軽口をたたける雰囲気が全くないところは、想像以上の心的プレッシャーが選手を苛む。そうした心理状況で、自分の力を開放することは絶大に難しい。
 
さらにマイヤーは指導者の心構えについて言及していく。
「指導者としての能力を高めるのに、どんなことをすればいいのだろうか。1つは建設的な考えを持つこと。2つ目はメンタルトレーニング。3つ目はアクティベーション・レギュレーション(頭の中の活性化と調整)」と3点を挙げた。
 
最初の主観・客観の話にもかかわるが、世の中にはこれという正解があるわけではない。その中からできるだけ正しいとされるものを見つけ出すためには、そのためのセンサー精度を上げなければならない。いろいろな意見や考えに触れ、その中で整理をしていく。その中で生まれる意見が建設的なものとなる。メンタルトレーニングはまさに指導者がしなければならないもの。感情を押し殺すのではなく、コントロールすることが大切なのだ。
 
そして指導者としての存在価値が試されるのは、チームの調子が悪い時の立ち居振る舞いだ。毎日の練習や取り組みがすぐに結果となり、右肩上がりに成績が上がることはない。紆余曲折を経て、ゆるやかに上昇していくもの。必ず調子を落とし、やりたいことがうまくいかないときが来る。指導者が浮き足立ったり、感情を揺さぶられてばかりでは選手はついてこない。できない選手のせいにしたり、不要な罰を課すのは指導者として実力不足の表れでしかない。
 
マイヤーは「調子がいい時は、放っておいてもうまくいくもの。調子が悪い時にどしっと構えた指導者がいるかどうかで、そのチームのその後は大きく変わる。『今たしかに自分たちの調子は悪い。けが人も多い。雰囲気も良くない。大丈夫だ。そのために、俺がいるんだ!』という姿勢を示すことができるのか。それができて始めて、選手やチームと向き合うことができる」と言葉に力を込めていた。構内からは拍手が起こっていた。しっかりとした自己意識、あらゆることへの自己責任感、起こりうることへのリスクマネージメントを持ち、選手と向き合うことができる存在。そのための努力を自分たち指導者は常にしていかないとならないのだ。

<了>
 
Photo:
Tom Hall