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アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

日本で暮らすわれわれにとって、難民といわれてもほとんどの方はピンと来ないのではないかと思います。フライブルクで暮らす中野さんも、やはりそうだったようです。その認識が、あることをきっかけに変わったのだとか。早速ご覧ください。

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「難民」という言葉はニュースでしか聞かないものだった。大変だなとは思うけど、そこにはどうしても距離感があった。故郷を離れ、生きるための場所を求めて進むしかない彼らの姿は、自分の今とどうしてもシンクロしない。ひどいニュースを見て心を痛めることがあっても、どこかで少しは平穏に過ごしてほしいなと思うことしかできなかった。

そんな自分に違和感を感じたのが5月頃だったろうか。コーチとして関わるチームの練習帰りに、最寄り駅の前を通り過ぎると、監督がぼそっと言った。

「キチ、ここの建物を知っているか?今ここは難民ベースになっているんだ。アフリカから流れてきた彼らがここに住んでいる」

信じられないくらいの人を乗せた船やボートで海を渡り、イタリアから歩いてフランスやドイツを目指してくると聞いた。イタリア人の彼は「イタリアは受け入れるだけの体力がないからな。受け流すしかできないんだよ」とぼやいていた。街灯の明かりの周りで何人ものアフリカ系の人たちが黙って座りこんできた。ここにたどり着き、寝食は何とかすることができた。でも彼らには今、その先がない。将来に向けて学び、経験を積み、仕事を見つける手段までは準備されていないのだ。待つしかない。祈るしかない。

その日から練習帰りに彼らの姿を探すようになった。だからといって何かができるわけではない。視線が合ったときに、にこっとするくらいしかできない。そんなのは僕の自己満足でしかないことはわかっている。でも、ちょっとでも楽しげに笑って話している様子を目にしたら、ほっとすることができた。そしてもっと何かできないかなと思うようになった。

8月の終わりごろ、クラブのユース責任者から連絡があった。

「アウゲン市も難民を受け入れることになった。その関係でうちにも来週から一人の選手が加わることになった」

アルバニアからの難民だった。父親と一緒にやってきたAはがっしりとした体躯に似合わぬ、優しげな笑顔を浮かべて、僕らと握手を交わした。ドイツ語はわからないから、練習中は時々英語で説明しないといけない。最初は緊張もしていたことだろう。心配そうにプレーしていた。それでもゲーム形式の練習では時々はじけたような動きを見せて、心からの笑顔を見せてくれることもあった。

ちょっと前にチームの慰労会という名目で、地元のレストランにみんなで招待された。ほかの選手が楽しそうに話している中で、おとなしく座って水を飲んでいた。前の席が空いていたので、すっと動いてAと話すことにした。普段は何をしているのか、ドイツ語はどうかといった当たり障りない会話から、なんで僕がドイツに来たのか、僕がいま何歳で、どうやってここまで来たのかという話まで、お互い決してうまくはない英語を駆使しながら話した。まだ将来どうしたいかという質問をすることはできない。ドイツ語を身につけるのには時間が必要だし、今後ドイツ政府がどんな政策を打ち出すかで大きく変わってくる。でもいずれそんな話ができるようになるといいと思うし、なってくれないと困る。その時はドイツ語でくだらない冗談を言いながら、「あの時はさ」という思い出話ができるだろうか。

昨日、チームの練習試合があった。連日の練習での疲れもあるのか、この日は全員の調子が悪い。そんななか、Aが粘ってゴールを決めた。控えめなガッツポーズ。ベンチ前から大きな声で名前を呼んで、片手を突き出して祝福した。かみしめるような笑顔で右手をそっと上げて応えてくれた。僕一人の力で彼のすべてを助けることはできない。でも、一瞬でも彼がサッカーに没頭できる空間を作ってあげることができたら、きっとそれは僕にとっても、彼にとっても大切な何かになるはずだ。

ここ最近はシリアからの難民が問題になっている。旧東ドイツ圏には、これ以上外国人が増えて自分たちの保証が危うくなることを恐れた人たちが、難民ベースキャンプを襲ったり、反対運動をしているという。それでも多くの人は受け入れる姿勢を打ち出している。ハンガリーのブタペスト駅が封鎖され、電車が一時運休になるという事態があった。ようやく動いたと思ったら、行先はウィーンではなく、ハンガリー国内の管理場だったというニュースも流れてきている。電車での移動をあきらめ、ウィーンへ歩いて向かう難民たちの写真がネット上で話題となった。

時代はいつも人の力を試しているのかもしれない。人間力というのはポジティブにもネガティブにもとらえることができる。暴力性も慈愛性も人間のもつ性質なのだから。困った人がいたら助け合おう。それは当たり前のことなんだけど、当たり前にできることではない。だからウィーン駅に物資をもって彼らを迎え入れようという運動に、自分の元チームメートがかかわっているときは誇らしかった。

ミュンヘン中央駅ではようやく動いた電車でたどり着いた彼らを多くの人々がボランティアで駆け付け、飲み物や食べ物を手渡していた。バイエルンのスペイン代表ハビ・マルティネスは仲間と一緒に自発的に向かい、この活動を手伝っていたとビルト紙が報じていた。ツィッターでは彼がバイエルンのロゴが入ったボールを子供に手渡している写真がアップされていた。一つの動きがほかの動きを生み出していく。翌日にはフランクフルト中央駅にもたくさんの人が助けに集まった。バイエルンはチャリティーマッチの収益から100万ユーロ(約1億3500万円)の寄付を発表した。これに続く動きも出てきている。

「平和」という言葉は何のためにあるのだろう。砲弾が飛び交う戦場で泣き叫ぶ子供たちの映像を見て、僕らは何をすればいいのだろうか。僕は政治家ではないから、どうすれば解決するのかの答えを見つけることはできない。助けるためのお金も力もない。それに彼らが母国に問題なく戻れる世界にならない限り、根本的な解決にはどうしたってならない。

でも世界には自分たちが想像もできない過酷な環境で過ごしている人が、想像できないほどたくさんいる事実から目をそらさずに、目の前で困っている人に手をさし伸ばすことはできると信じている。「世界」だけではない。日本にもドイツにも苦しんでいる人はたくさんいる。あがらうことのできない現実を前にしても絶望せずに、何とか明日への一歩をと踏み出す人がいる。その一方で不自由のない生活環境がありながら、ムラ社会の小さなプライドや覇権争いで無駄なエネルギーを使い続ける人もいる。

今すぐ何かができるということはない。でも今この瞬間から心構えを正すことはできると思う。きれいごとかもしれないし、それが何をもたらすかもわからないが、少なくともそれが「平和」な生活を享受できている自分たちがすべき大切な最初の一歩ではないだろうか。

<了>

※著者の申し出により、原稿料は国連UNHCR協会を通じ
難民支援のため全額寄付させていただきます※