athlete knowledge

アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

●二次予選開幕のシンガポール戦を振り返って
 ホームでの勝ち点1という形でスタートした、サッカー男子日本代表のロシアW杯・アジア二次予選。最終ラインに人数を割いて守備に徹する相手に対し、効果の感じられないコンビネーションプレーでいたずらに時間を浪費した、煮え切らない90分でした。
 
とはいえ、ハリルホジッチ監督が「引いた相手をいかに崩すか」、その準備をしていなかったのか、というとそうではなかったようです。サイドのスペースからナナメのパスを入れて崩す、という狙いをもった練習が繰り返されていたことが当時の報道からうかがえます。
 
この狙いは理にかなったものです。シンガポールのやり方は、中盤の選手をDFに入れ枚数を増やし、サイドへラインをスライドさせライン裏、ゴール前のスペースを消すもの。ですが、SHがDFラインに入るということは、本来の守備エリアであるSB前のスペースを放棄することを意味します。相手のSHが自ら空けてくれたこのスペースから、良い状態のパス、クロスをアーリー気味にBOX内に入れる。DFラインはボールサイドにむけスライドしているので、逆サイドのSBはBOX内まで絞っていて、その外側はがら空きです。そこから絞り込んでくるWGにそのパスを受けさせ、仕留めさせる。相手がそこをケアするため動けば、動いたところでできるスペースを狙う。その意図を基盤にし、相手を動かし崩していく。
 
引いた相手でも、やり方をしっかり分析すれば崩しの基準点となるスペースを得ることができる。そこをチームとして共有しよう。それがハリルホジッチ監督の本来の意図だったのではないでしょうか。
 
理にかなった戦術的な準備がなされていたのに、実際の試合で表現できなかった。そのことがスコアレスの勝ち点1の要因となった……選手の戦術的な理解力不足なのか、監督の指導力不足なのかわかりませんが、「パスをつなぐだけで怖くない」「監督の、縦の速さを求めるカウンター志向のサッカーでは、引いた相手を崩せない」といったことよりも、そのことが問題なのではないかと思われます。
 
●スペースは、相手が相手のやり方で与えてくれる。ハリルホジッチの流儀
 二次予選二戦目となるカンボジア代表戦は、その問題が解決に向かっているのではないか、と思わせるに十分な試合でした。
 
カンボジア代表の守備のやり方は、以下のようなものです。
 
5人のDFを最終ラインに並べ、3人のMFを中央に配し、2人のFWが前線で縦を切る、という形。2枚のFWが縦を切ることで、日本の2DMFからの展開をサイドに限定し、その間にインサイドハーフがサイドのケアに走る。WBはボールサイドに出ますが、DFライン内で自重し日本のWG、SBが使える縦を切っておく。WBがサイドに出たことで空くCB~WB間のスペースは、アンカーの23番が降りて埋める。
 
香川をトップ下に配した4231で試合を開始したハリルホジッチ監督はまず、シンガポール戦と同じように相手がDFラインに多くの選手を落とすことで必然的に得られるWB前のスペース(シンガポールの場合はDFラインに落ちたSHが捨てるスペース)を狙いました。カンボジア代表のやり方では、インサイドのMFがここをケアするのですが、それと同時にトップ下(そのポジションに入ってくるCFやDMF)も見なければなりません。そこで、日本側の動きによって内側(トップ下)を見るか、外側(WG)を見るか常に判断を迫られる状況に置くことができます。
 
このことで、WB前のスペースで本田・酒井が余裕をもってボールを持てるようになりました。この状況では、WBと連携するはずのインサイドハーフは内側の選手について、このスペースを捨てるか、ここへのプレッシングがしづらくなっているので、WBに対して本田・酒井による1対2を作ることができます。大外のWBは、これもシンガポール同様ゴール前まで絞るので、逆サイドのWG武藤がその背中側からチャンスをうかがえます。この試合の日本代表は、この状況の作為、そこからどう展開してシュートの局面に至るか(=いかに崩すか)を繰り返し、意図的に、バリエーションをもって行うことができていました。本田の占める位置からの大外への「ナナメの」アーリークロス、WBの裏を深く突かせた酒井から、大外WBの視界外からゴール前に飛び込む武藤への「ナナメ」のパス・クロスによるチャンスメイクを何度も確認することができます。
 
本田の先制点も、このスペースで余裕をもってボールキープしたところからのものでした。監督の戦術的な狙いと、それを理解した選手たちの動き。それらが、得意のFKに等しい状況を本田に提供したことから生まれたゴールだと言えるでしょう。
 
シンガポール戦に比して、ハリルホジッチ監督の狙いを選手たちがしっかりと認識し、しかも効果的にプレーできるようになっていることがわかります。
 
●相手の修正を潰し、同じ危険なスペースを使い続ける日本代表
この試合のハリルホジッチ監督と日本代表は、その先をさらに見せてくれます。
 
後半、カンボジア代表は若干の修正を施します。アンカーの23番をバイタルエリアに残し、中央のスペース管理に専念させることで、インサイドハーフのタスクをひとつ減らし、WB前のスペースにできるだけ容易にアプローチできるようにしました。
 
ハリルホジッチ監督は、それを見透かすかのような修正をチームに与えます。香川を左SHに、武藤をCFに動かすことで4231から442に変更。2トップを当てることでカンボジアの3CBをゴール前釘付けにしラインを動かしづらくさせると共に、アンカーの23番が見る相手をなくしてしまいます。さらに、SBが単純に外側をオーバーラップするのではなく、SHと連携して時には内側、時には外側の縦を突くように攻め筋を変えることで、サイド専任になったはずのカンボジアのインサイドハーフが、どちらを見るべきか迷うような状況を作為しました。今度はWBではなく、サイドに出たインサイドハーフがこちらのSH・SBによる2対1に常にさらされるようになったのです。目の前の混乱と裏を気にしてWBは動けず、アンカーはDFのサポートに落ちることができず、中央のCBは2トップのケアで動けず……そんな次第で、やはりカンボジアのWB、インサイドハーフ近辺には日本がフリーで使えるスペースが提供され続けるという展開となったのです。
 
さらにその後、アンカーをサイドのヘルプに動かしてこちらのSHとSBを捕まえられるよう修正をしたカンボジア代表に対し、武藤→宇佐美の交代で4231に再チェンジ。香川とのコンビで、サイドからバイタルエリアにむけて人が足らなくなったディフェンシブサードを蹂躙するハリルホジッチ監督でした。
 
●ついにスタートラインに立った日本代表。
この試合展開からはっきりわかるのは、W杯予選開始直前に再構築を余儀なくされた日本代表が、確実にチーム力を向上させているということです。「準備すれども機能せず」状態のシンガポール戦から一転、相手の布陣、やり方を抜け目なく利用してスペースを獲得し、そこを基準に意図的に崩せています。本田と香川の得点はその脈絡からのものでしたし、香川が逃した2つの決定機もそうでした。
 
ハリルホジッチ監督は元来、相手の戦術上どこにスペースが得られるかを見抜くに巧みな戦術家です(だからこそ縦に速いビルドアップが可能になる)。これまでは、監督が見抜いたスペース、どうすればそのスペースが得られるか、そのスペースを得て何をするか、といった意図と根拠が選手たちにうまく伝わっていないのでは?と思われる試合がほとんどでした。ですが、この試合を観る限り、監督と選手たちはいまや「スペースのありか」の認識を共有しはじめているようです。フィニッシュやコンビネーションの精度、ラストプレーに関わる選手たちのポジショニングの調整など課題はまだまだあるでしょう。けれども、これは大きな、ポジティブな変化ではないでしょうか。
 
ハリルホジッチ監督の日本代表は、ようやく、しかし、とても足場の確かなスタートラインに立った。カンボジア代表戦は、そう感じられるような試合でした。

<了>

Photo by 
Jennifer