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アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

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よくある視点として「カンボジア代表なんか」という侮りの視点は、どうしてもあるかと思います。しかし私はGKコーチですので、そういう偏見で選手を見る事は一切なく、客観的に公平に「GKのプレーが良いか悪か」「GKの能力が高いか低いか」…そういう視点でのみGKを見ています。そして、そういう視点から見ると、カンボジア代表GKソウ・ヤティ選手のプレーは非常に印象的でした。
 
まず言えることは、ソウ・ヤティ選手が日本代表のシュートを何本も止めたプレーにマグレは一つもないということです。技術、敏捷性、瞬発力、ポジショニングなど、つまりしっかりとした能力の裏付けがあって止めているということです。順を追って説明させていただきますと、まず彼にとってのファーストプレー、前半1分に岡崎慎司選手と武藤嘉紀選手がカンボジアの選手と競り、ゴロでボールが転がってきたシーンです。なんでもない、非常にゆるいボールでしたし、手だけで雑にキャッチするのでも良かったはずです。
 
しかしソウ・ヤティ選手は緩いゴロボールでも絶対にミスをしないよう、細心の注意を払ってしっかりひざを付け、ボールが万が一手を抜けても失点しないよう、両脚でちゃんと壁を作って完全に抱え込んで前に倒れたのです。まるで非常に強いシュートに対応するようなプレーを、最初のワンプレーから見せた。このシーンから、彼のこの試合に懸ける思い、ひょっとすると日本代表とのアウエー戦は彼のキャリアでも一番の晴れ舞台かもしれません、そういう試合に対する意気込みを非常に感じました。また、1つ1つの技術を、簡単なボールであっても手を抜かずしっかり全うするGKだなとも感じました。
 
印象に残っているプレーは多くありますが、まず前半39分に左サイド、GKから観て右サイドから武藤選手が本田圭佑選手とのワンツーからカットインしてシュートを放ってきたシーン。さらに、そのこぼれ球に対して岡崎選手が詰めたものの、やはりセービングしたシーンです。まずポジショニングが非常によく、両足に均等に体重を掛けていたことで、最初のシュートに対して反応できているのですが、特筆すべきはセカンドボールの岡崎選手のシュートに反応したプレーです。
 
止めた後に立ち上がる速度が非常に速く、かつ、素早く良いポジショニングを取って両足に均等に重心を掛けられています。素早く立つまではできる選手もいますが、セカンドボールを拾った岡崎選手のボールに対して両足に均等に体重をかけて反応できている。身体のバランスも全く崩れていない。ここが本当に素晴らしいのです。
 
ソウ・ヤティ選手(178センチ)にかぎらず、東南アジアのGKは身長が低い選手が多いです。しかしああいった敏捷性については、東アジアの選手が恐らく日本人選手よりも優れている部分であり、今後伸びていく、将来の武器になっていく部分ではないかと思います。
 
「うわ、あのGK当たってたな」「ラッキーだな」というプレーは、彼には一つもなかったんです。特にこの岡崎選手のシュートに反応したシーンでは、立ち上がりが速く、あれだけ激しく連続した動作の中でも、全く身体のバランスが崩れず重心を均等に両足にかけているという技術、そしてそこからのあの反応スピードどシュートストップ技術、積み重ねてきた努力の裏付けがあってのこと。ソウ・ヤティ選手は178センチにも関わらず、何度もあったCKで飛び出しを恐れず、密集地帯に出てパンチングで処理をしていました。さらにセカンドボールに対し、詰められにくいようにサイドに弾くということもやっていました。カンボジア代表だろうと、どこの国の代表であろうと、良いプレーはきちんと認めていく必要があるでしょう。
 
失点シーン(つまり日本代表の得点シーン)についてですが、まず1点目となる本田圭佑選手のミドルシュートについて。DFの頭のあたりで、ボールと重なって見えにくかったのは間違いないでしょうが、もう一つは本田選手が放つようなスピードと強度のボールをそもそもこれまでのサッカー人生でほとんど経験できていなかったのではないかと推測しています。今までの経験の外にある、高いレベルのシュートに対してはどうしても後手に回ってしまうものです。
 
あのシーンでは、両ひざを地面につくような変な止め方になっています。反応自体が遅れているんですね。DFと日本のFW、さらにシュートコースにもう1枚入っていて重なっていた部分、味方の頭の上からいきなり視界に入ってきたので反応自体が遅れている部分、そして自らの経験の範囲外にあった本田選手のシュート、それらが重なっての失点ではなかったかと思います。
 
恐らく、カンボジアリーグでこのレベルのシュートを打てる選手はほとんどいないのではと思います。現に、ソウ・ヤティ選手は他の反応できるレベルのシュートではきちんと反応できているわけです。ミスというのは酷であり、彼の能力では現時点では対応が難しかったシュートだということだと思います。ただ、今回このシュートを経験したことで、彼はさらに成長していくことでしょう。
 
2点目の吉田麻也選手のシュートに対してですが、良い準備はできていたように思います。DFの股間を抜けてくるシュートに対しては、GKの責任ではありません。さらに吉田麻也選手が濡れたピッチを考慮し、グラウンダーでシュートを放ってきたこともセービングが難しくなった一因だと思います。ピッチが濡れた状態だと晴れた日よりも予想以上に変化して、止めにくいということがあるのです。DFに少しあたっているのかもしれませんが、いずれにせよ反応自体は身体も伸びきっていますし、良い反応をしています。この失点も、どうしようもない部分だと思います。
 
香川真司選手が決めた3点目についても、彼の責任とはいえません。それよりも、パチンコやピンボールのように味方や敵に当たりながらもきちんと最後までボールを見ていて、ボールが動いている中でもポジショニングを修正し続けたことがポイントです。その間、重心やバランスを全くブラせることなく修正し続けていたのが、非常に印象的でした。
 
その他、後半41分に宇佐美貴史選手のシュートを止めたシーン。逆には倒れていますがポジショニングが非常によく、シュートコースをきちんと消しており、大きなプレジャンプをしていません。このシーンに限らず、彼はほとんどプレジャンプをせず、細かくステップを踏んでいます。先に倒れてしまってはいますが、宇佐美選手というレベルの高いシューターが打っても止められるだけの、良いポジショニングをしているのです。逆を突かれても足で止める反応の良さと、対応力も素晴らしい。
 
ただ1回だけ、ハイボールに被ってしまったシーンがあります。ミスは誰でもありますから、ミスをした後何をするかに注目していましたが、彼はその後ものすごく早く切り替え、相手のシューターにボールが渡るまでには正しいポジショニングを取り直していました。切り替えが早く、脚自体も速いのではないでしょうか。東アジア特有の敏捷性という部分では、日本人以上のものを感じます。今後、脅威になる部分だと思いましたね。
 
ソウ・ヤティ選手は試合前、「カンボジアの国民や子どもたちに勇気を与えるようなプレーをしたい」ということを言っていたそうです。今日の彼のプレーは、間違いなくカンボジアの国民や子どもたちに勇気を与えたと思います。ソウ・ヤティ選手のプレーを見た子どもたちは「彼のようになりたい」と思うはずですし、その中から将来日本代表の前に立ちはだかる選手が出てくるかもしれません。
 
それにしても、東南アジアのGKのレベルは高くなっていますね。一昔前なら普通のシュートに対しても勝手にミスをして助けられた部分もありましたが、シンガポール戦でもカンボジア戦でもそういうシーンはありませんでした。もちろんだからといってJリーグでプレーできるか、ヨーロッパで通用するかというと別の話で、私はあくまで彼が今持っている能力を最大限発揮したことを評価したいと思います。持っている力を遺憾なく発揮した、そこが非常に重要なのです。
 
<了>