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アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

消防庁の発表による「全国の熱中症による救急搬送状況」では、平成27年7月の熱中症で搬送された方々のうち、少年(7歳以上18歳未満)の割合は13.5%、人数は3,314人とのこと。全体の人数としては平成20年の観測開始以来、7月の数字としては過去最多となる2万4,567人とのことです。

この少年の割合が多いか少ないかは議論の余地がありますが、いずれにせよ3,314人という数字は「救急搬送された」というだけであり、体調を悪化させたけれども救急搬送されるほどではない子はそれよりもはるかに多いことは容易に推測できます。そして何より、彼ら子どもたちは自分たちでスケジュールをコントロールする権限を持っていません。重要なポイントは、そこにあるように思います。

「艱難辛苦を乗り越える」といった意味あいのことわざは、海外にもあります。例えば、「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」は紀元前6世紀末の中国における逸話だと言われています。しかし、“その苦労は、本当に乗り越えるべきものか”“先輩が苦労してきたのだからお前も、という話は正しいのか”という議論は日本においては乏しい、タブー視されている現場すらあるように思います。では、日本と季節こそ逆ながら同様に厳しい暑さに見舞われるブラジルでは、どのような“対策”が行なわれているのでしょう? 平安山さんの記事をご覧ください。

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アスリートナレッジをご覧いただいている皆様、初めまして。私、ブラジルでサッカー指導者として活動しております、平安山 良太(へんざん りょうた)と申します。
 
2014年3月から、TOYOTAクラブW杯で2度優勝した事のある、ブラジル1部リーグのSCコリンチャンスにて指導者として籍を置かせて頂いております。ブラジルを拠点に、南米各国で #Jリーグ南米戦略 と題した活動も個人で進めています。
 
ブラジルで指導者をする以前には、日本で幼稚園~大学生、スクールや部活動、街クラブにJクラブなどに幅広く指導者として関わった後、カンボジアのプロクラブ、ラオス代表で研修を経験してきました。今回は、これまでの経験から、日本と海外(特に南米)で、熱中症についての考え方や対策の違いについてご紹介したいと思います。
 
日本でも近年では甲子園やインターハイの時期に大きく議論される話題なのではないでしょうか。日本はわれわれの国ですから、日本の価値観で見る事も勿論大切なのですが、このグローバルな時代、客観的な視点から物事を多角的に捉える能力が求められています。ここは1度他国の考え方も参考にして、より見聞を広めた議論の機会にしてみましょう。
 
■ブラジルの夏季制度
では実際にサッカー王国ブラジルではどの様な制度となっているのか?を参考にしてみましょう。

まず日本では、甲子園でもインターハイでも、日本の1番暑い時期の1番暑い時間帯、つまり8月のお昼頃に試合を行なう事は皆さんもご存知の通りです。地球の裏側ブラジルではというと、季節も真反対で、ブラジルの真夏は2月。今年のコリンチャンス育成部が2月に何をしていたかというと、「何もしていない」です。2月はほぼ約1ヶ月間もお休みで、選手も指導者もバカンスを楽しみました。
 
1番暑い時期に1番重要な試合を持ってくる日本と、1番暑い時期にはバカンスをとるブラジル。正反対の結果ですね。
 
次に暑いのが1月と3月。今年の1月はブラジルで育成年代の国際大会があり、コリンチャンスも出場していました。しかし、大会の試合は全て18:00と19:30開始のナイターゲーム。わざわざ1番暑い時間帯のお昼を選んではいませんでした。
 
3月はというと、コリンチャンスも含め多くのクラブが新シーズンのメンバーを決めるための選手選考会、セレクションを行ないます。当然保護者も多く見学に訪れるので常に注意が行き届いていますし、チームにも医療系スタッフがいます。
 
試合自体は選手はみんな一生懸命ですが、普通の公式戦と違って試合毎の間隔が長いので充分な休息が取れる様になっています。日本とブラジルでは、暑さへの意識や考え方に違いがあり、対策も全く違う事が分かりますね。

■子どもの声に耳を傾けているか
この記事の執筆のために複数の南米人にインタビューさせて頂いたのですが、「日本では1番暑い時期の1番暑い時間帯に試合を組む」と伝えると、だいたい最初に「何故だ?」という反応が返ってきます。
 
そもそもとして、サッカーをするのにわざわざ1番暑い時期の1番暑い時間帯を選ぶという発想がよく分からないというのが、正直な感想なのです。

そこは私も日本人なので、「暑くて苦しい中でも耐えに耐えて過酷な試合を闘い抜く、苦しい事を乗り越える事を良しと考える日本的な美学」がある事を伝えました。意外かも知れませんが、南米人もこの日本的美学にはある一定の理解を示してくれる場合もあります。
 
「美的感覚はその国の文化なのでリスペクトする。他国が問う事ではない」
 
という意見や、
 
「俺たちにとっても、貧乏なスラム街生まれの子どもが頑張って世界の一流選手になるのは感動するし、南米の誇りある伝統として成り立ってる。苦しい事を乗り越える美学という点では、日本と同じなんじゃないかな。」
 
という意見がありました。
もちろん反対意見として、

「美学よりも命が大切だ」
「苦しい事を乗り越える事は素晴らしい。でもわざと苦しい環境にするのは変だ。南米は子どもからわざとお金を巻き上げて貧乏にしたりしない
 
などの意見もありました。私が1番考えさせられるな、と思った意見は
 
「俺たちが子どもの頃は、一年中毎日朝から晩まで道でストリートサッカーをしていた。そんな俺たちが1日3時間程度しか運動しない日本人を、どうやって否定するんだ?どうせ人は死なないだろ?車が来たら退けば良いし、強盗の多い地域は避ければ良い、暑くて死にそうなら辞めれば良い。子どもが判断するだろ?」というものがありました。

この意見に私は日本と南米のスポーツ環境における差が感じられました。日本とブラジルで、「苦しい事を乗り越える美学」という点では同じでも、「子どもが主体として考えているのか?大人の都合で考えているのか?」の差があります。
 
日本では、南米のストリートサッカーの様に子どもの判断で試合時間や練習時間は決まりません。勿論日本の部活やクラブ活動において、ストリートサッカーの様にはするのは難しい部分があります。
 
南米だってチームとしての全体練習はあります。そこはしょうがないのかも知れません。しかし、日本の熱中症対策の記事や、暑い中で試合をする事についての肯定・否定の記事いずれを読んでも、「子どもの意見に耳を傾けているか?」という視点で書かれている記事はあまり目にしません。
 
実際に日本の子どもにアンケートを取るなどの工夫の部分で、日本にはまだまだ改善点があるのかなと感じさせられたインタビューでした。
 
日本では子どもの判断をまだまだあまり尊重出来ていない部分があって、子どもが苦しいと言い出すと「やる気がない・根性がない」と認定されて次から試合に出られなくなったり、逆に無理にでも出場させられて子どもが亡くなるケースもあるというのが、南米の文化的にあまり考えつかないのです。
 
■高気温よりも高レベル
また、南米人にとって日本とはスポーツを観る文化度にもまだ差があると感じています。
 
例えば日本だと、暑い中の試合を見て「頑張っている!感動!」と捉えますが、南米だと必ずしもそうとは限らず、「こんな暑い中では試合のレベルが下がる。気温の低い時間帯に試合すればもっとレベルの高くて面白い試合が見られる」と捉えます。
 
そもそも、涼しい時間帯に試合をしたからといって、決して選手の努力量が落ちるわけではないはずです。涼しい時間帯に試合をしたからといって、それまでの日々の練習の努力が無くなったわけではなく、彼らの価値が落ちたりはしません。本当にそのバックグラウンドの価値を感じていれば、子ども達に最高の環境でプレーして欲しいと願い、試合を観るときだけの浅い小細工は必要ないのです。
 
日本は“スポーツそのもの”を観る文化がまだ改善途中なのだと思います。もちろんスポーツは興行の側面もありますから、アメリカや欧州から興行面でも沢山学ぶ所はありますが、日本が本当にスポーツ大国になるためには、選手が犠牲にならなくても良い興行の仕方を見付け、次第に変わっていく必要があります。
 
スポーツが本当の意味で文化として浸透しているという状態には、まだなれていないのが現状だと思います。

■日本の例
日本で最も暑い地域と言って、沖縄を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか? 実際に都道府県別の年間平均気温が最も高く、南国リゾートのイメージがある沖縄。そんな暑熱環境の中にある沖縄スポーツ界において今年ある変化が見られました。子どもの年代ではありませんが、沖縄のFC琉球というプロサッカークラブの試合時間に工夫が見られる様になったのです。
 
FC琉球の試合は今年序盤まで毎年、たとえ夏でもお昼頃の試合が多い状態でした。毎年夏の試合になると、FC琉球も相手チームも共に後半失速し、明らかに能力の落ちてくる選手が出ていました。
 
それどころか、試合中に実際に熱中症を起こして運ばれてしまう選手も見てきました。それが今年から照明ライトが整備された事もあり、沖縄初のナイターゲームを開催。選手の発揮出来る能力、運動量が増え、当然試合のレベルは高くなり、常連サポーターからは「試合が面白くなった」という声が多数聞こえてきます。

ナイターゲームで選手が運ばれたという話も聞こえてきません。勿論、サポーター自体も涼しい環境の中で、それまでよりも応援し易くなりました。その結果なのか、FC琉球のイベント1万人祭りではJ3最多観客動員数を記録。チームも連勝中で調子も上向きと、良い影響が出ています。
 
観る側にとっても、これ以上嬉しい事はありません。気温は下がりましたが、応援熱は上がっているのです。このデータはプロサッカーの話ではありますが、子どもの年代にも上手く適応させていけるのではないでしょうか。
 
甲子園やインターハイを涼しい時間帯にすると、試合自体のレベルは勿論上がりますし、観客も仕事の後に通い易くなるメリットはあると思います。何より、選手への熱中症の危険性も緩和できます。
 
試合数の関係で長期休暇(夏休み)に開催し易い事や、受験シーズンとの兼ね合いなど、越えなければならない課題は多くあります。例えば地方大会を開いて、一ヶ所短期集中開催でないやり方を模索するなど、工夫は話し合っていかなければなりません。
 
きっと苦しく大変な作業になる事でしょう。しかし、“苦しい事を乗り越える美学”は、大人が子どもに押し付ける前に、まずはわれわれ大人が子どもに見せてやろうではありませんか。

<了>