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中野さんは2001年からドイツに渡航、以降14年にわたって選手・指導者として活動を続けており、育成年代のU13、U15・16、U18・19と様々な年代での指導を経験しておられます。UEFA A級ライセンスを保持している日本人指導者は人数もかなり少なく、同ライセンスで習得できる内容は国内のライセンスとはかなり異なる部分もあるようです。
 
前回の記事が非常に多くの反響を得た中野さんですが、今回は国際コーチ会議そのものの意義について執筆いただきました。どうぞご覧ください。
 
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「ライセンスというのは持っているだけではただの紙切れ」というのは、諸先輩方からよく聞いていた。たぶん誰からも納得してもらえる言葉だと思うし、ほかのどの分野でも当てはまることであるはず。ライセンスも資格も卒業も、あくまで次のステップへのスタート地点。これまで築き上げてきたものを基盤とし、そこからさらに成長する心構えのない者には、そう簡単にチャンスは訪れやしない。
 
同時に、戦いに挑む決意をし、目の前に立ちはだかる壁を乗り超え、そこで一つの結果を出すことは、新たな自信を手にし、新しい景色を見るための大きな転機となりうる。僕にとってのUEFA A級ライセンス取得がそうだった。
 
6年前の2009年、僕が乗り込んだA級ライセンス講習会には元ドイツ代表トーマス・ブルダリッチ、現アウグスブルク監督マルクス・バインツィール、今季一部昇格したダルムシュタット・フィットネスコーチのフランク・シュタインネッツ、2部リーグFSVフランクフルト監督・トーマス・オラルがいて、そのほかにも元ブンデスリーガ選手、ブンデスリーガ下部組織の監督・コーチ、トレセン代表、強豪町クラブの責任者という猛者ばかりが集まっていた。ごく普通の町クラブの育成監督という肩書で参加していたのは僕一人だった。逆の意味では僕も“猛者”ではあるかもしれない。

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肩書や経験でははるか先を行っている周りの指導者たち。最初は「なんだこいつ」の雰囲気だったけど、それでも気後れすることなく、気負うことなく、正面から誠実にコミニュケーションを取っていった。逃げ出したくなる時も結構あったけど、「あと半歩あがいてみよう」と毎日懸命に課題に取り組んでいった。その甲斐もあってか、2週間目には夜にビールを飲みながら、「代表戦で横浜で試合をしたことがあるよ。日本はいいところだったな」なんて話をブルダリッチとのんびり談笑できるようになっていた。(注:ブルダリッチは04年、横浜で行われた日本対ドイツの親善試合に出場している)
 
講習会の最後に行われた試験は、たぶんこれまでで一番緊張したと思うけど、「やるだけのことをやって、だめならまた挑戦するだけ」と腹をくくったのがよかったのか、無事に一発合格をすることができた。他の合格者と一緒に夜の街に飲みに繰り出したのを、今でもふと思い出す。
 
「では今回はA級ライセンスの思い出話をつらつらとさせていただこう」というわけではない。そうやってようやく「俺はA級ライセンスを取ったんだ!」という喜びを実感できた場についてである。それが今回ご紹介したいドイツで毎年7月に開催されている国際コーチ会議だ
 
このカンファレンスはBDFL(ドイツプロコーチ連盟)がDFB(ドイツサッカー協会)との共催で開かれる。参加資格はドイツサッカー協会公認A級、およびプロコーチライセンス(日本でいうところのS級)所得指導者に限られている(BDFL会員は無料で参加化)。ちなみにBDFLは会員数が5000人を突破したそうだ。
 
ということは、僕が指導者としてさらに上のポジションを目指すとなると、ドイツ国内だけでライバルは最低5000人はいるということ。チャンスが来るかどうかなんて考えていてもしょうがないくらいの確率なんだと思う。見ていてくれる人、面白いと思ってくれる人がいれば最高。でもだめだったからといって、今の自分の仕事が否定されるわけでもない。
 
ドイツ全体で見れば小さな町クラブの育成監督だけど、僕は誇りを持って取り組んでいるし、練習内容はプロクラブの指導者に負けていないと思っているから。そうした仕事ぶりが評価されて、今期からうちのクラブの育成部はスイスのFCバーゼルとパートナー提携することになった。次への道はどこにだってある。なければ切り開けばいい。そうやってここまで来たし、これからもやっていく。

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さて、カンファレンスの話に戻りたいと思う。ドイツは協会の仕事ぶりがすごいと言われているが、特にすごいのが情報の公開性。このカンファレンスの情報も、比較的早い段階でDFBホームページで総括内容が動画などで無料アップされる。手にした情報は抱え込むものではなく、適切なタイミングと順番で積極的に公開していく。そうすることで、ドイツ全土の指導者間での情報交換を活性化させ、全体的なレベルアップを促すことができるのだ。
 
今回のカンファレンスでDFBスポーツディレクターのハンシィ・フリックが「この15年間でドイツ最大の成功はドイツ全土をくまなく結びつけるネットワークを築き上げたことだ」と強調していたのは、誇張でもなんでもない。
 
僕は2009年夏にA級ライセンスを獲得したので、10年が初めての参加。ちょうど南アフリカW杯後だったので、メインテーマは「大会総括と今後の展望」。以来、僕にとっては欠かせない場で、あの時から6年連続で参加してる。

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今年の会場はヴォルフスブルク。テーマは「コーチングアスペクト-指導者に求められる基本的な条件」。ブラジルW杯で頂点に立ったドイツだが、だからこそ基本に立ち返らなければならないと考える。
 
トレーニング・デモンストレーションでは、ドイツU20代表監督のマルクス・ゾルクとU17代表監督のマイケル・シェーンバイツが登場。実際にグラウンドで初対面のヴォルフスブルクU23選手を相手にトレーニングをする。テーマは「個人・グループ戦術の基本-攻撃と守備」。
 
特に強調されたのが、単純なパス練習でも選手に選択肢を持たせるという点。例えば「AがBにパス、BがAに落としてCにくさび。パスを出したら次に移動」といったやることを決め打ちした練習ばかりにならないようにすべき、と指摘していた。戦術の基本として様々なパターンを知り、身につけることは大切。しかしそこで終わりにするのではなく、それをベースにどのようにバリエーションを生み出すのかを選手も考えていかなければならないわけだ。
 
ドイツの育成においてよく感じるのが、足し算・引き算の関係。分析からやるべきことを抽出して練習に取り込む。やるとなったら徹底的。そしてそこで立ち止まるのではなく、新たに分析して、新たな課題に取り組んでいく。目指すベクトルは大まかに定めておくが、詳細すぎるものではない。自分たちでトライを繰り返しながら、そこへ向かう。指導者育成も選手育成も目的は一緒。その指導者・選手の素質を可能な限り引き出すというもの。コピーを作り出すのではないのだ。ライセンス試験で講習会で習ったとおりにやったらたぶん落ちるし、僕は一度それで落ちた。

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2日目の夜には、毎年恒例の懇親会が開かれる。VFLアレーナ内のVIPルーム貸し切りで食べ放題、飲み放題。さて、どうしようかとうろうろしていたら東洋人を発見。コンタクトをとってみると中国の方だった。そして隣にはヨルダン人指導者。自己紹介もそこそこに、一気にアジアサッカートークに。みんな気持ちは一緒だ。

「このままだとアジアは危ない」。W杯出場枠が減らされるんじゃないかとびくびくしている場合じゃない。一人でも多くの関係者、指導者、スタッフ、そして選手の成長が各国で求められているし、そのためにはネットワークをより密にしながら、情報交換を活発に行い、底辺層から全体としてのレベルアップを図らないといけない。アジア諸国のサッカーが弱いわけではない。
 
でも強豪国と比べると、長所と短所がまだはっきりしすぎている。勇敢に自分たちの強みを伸ばしていきながら、あらゆる分野での底上げに取り組まなければ。できるかできないかではない。やらなきゃいかんのだと。大切なのはやはり育成だ。才能をつぶしてはいけない。間違った大人の価値観でおかしな競争原理を持ち込んではならない。理不尽を学ぶための育成期ではないのだ。喜びを見出すのが育成期なのだ。サッカーが好きで、うまくなりたくて、ボールとともに生きたくて。その本当に純な思いこそが、ねじれたハングリー精神にも打ち勝つのだ……そんなことを酒の力を借りながら、熱く語り合った。

最終日には壇上で、昨シーズンのブンデスリーガ最優秀監督に選ばれたディーター・へキングのインタビュー、元ブレーメン・フランクフルト監督トーマス・シャーフ、僕の指導教官だったDFB指導者育成の第一人者ベルント・シュトゥーバーらも参加してのオーディオポディウムと興味深い話が目白押しだった。そんな中、面白いなと思ったのはバイエルン広報マルクス・ヘービクの講演。特にメディアとの付き合い方については本質をついていたと思う。
 
「メディアの存在は日常化している。友達に話を聞く感じでソーシャルネットワークでクラブの話も広がっていく。ブンデスリーガのような注目される舞台の監督はメディアの前ではうそをつかない、誇張しないことが重要なんだ。それがないと互いにリスペクトの関係を気付くことができない。
 メディアサイドからもこの日常に顕在する公感を認識してほしい。何を聞いても、何をしてもいいわけではないのだ。ある試合の後に1人のジャーナリストがプライベートな質問をしたことがある。そのときペップ・グアルディオラは静かに『私はあなたの質問を聞いて答えようとしている。だからちゃんと私の目を見て話し、目を見て聞かなければならないのではないのか。それが人と話をするときの基本ではないのか』と諭したことがあった。忘れてはならないことだと私も思う」
 
一方通行、暗黙の了解の先に、出口はない。改めて人との関わり方を考えさせられた。
 
3日間はあっという間に終わった。最後に参加証を受け取りに行くと、顔なじみのスタッフが僕のを準備して待っていてくれた。笑顔で「また来年!」と言いいながら。新しいことを知るのは刺激的し、知っていることでも違った視点からの話を聞くとまた面白い。学ぶことは本当に楽しいことだといつも思う。それを語り合える仲間がいると楽しさは倍増だ。日本でもドイツでも、たぶん世界中のどこに行っても、僕は、僕らはどこかでつながっていられる。

<了>