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ドルトムントの香川真司が好調を維持し、2試合連続ゴールを決めるなどチームの核として活躍しています。また、マインツ時代にトゥヘル監督の薫陶を受けた岡崎慎司は、プレミアリーグ・レスターに移籍し3試合で1ゴール、うちフル出場2回とチームからの信用を掴んでいます。その秘密は、どういったところにあるのでしょうか? マインツ時代にトゥヘル監督に何度もインタビューを行なった経験を持つ、ベルリン在住のサッカーコーチ・鈴木達朗さんに寄稿していただきました。

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チームの始動とともに、香川真司がプレーするボルシア・ドルトムントは順調にチームとしての成長を見せている。7月のアジア遠征では、うわさに違わぬ圧倒的な力を見せつけ、ブンデスリーガの開幕2連勝を含め、好スタートを切った。チームの調子に合わせて、香川も得点に絡む活躍を見せている。昨シーズンまでドイツ人屈指の名将と呼ばれたユルゲン・クロップの後を引き継いだトーマス・トゥヘルとはどのような人物なのだろうか?ブンデスリーガ開幕に合わせて、ドイツ中の注目を集める智将の応力やスタイルを見ていこう。
 
■1.キャリア
南ドイツのクルムバッハという街で生まれ、選手としてU16に上がるタイミングで現在はブンデスリーガに所属するFCアウクスブルクに移籍し、U19のドイツ全国カップ戦で2年連続タイトルを獲得すると、そのまま当時ブンデスリーガ2部のシュトゥットガルト・キッカーズに移籍。2年目にトップチームでの出番がなくなると、当時3部のウルムに移籍した。
 
1997-98年シーズンに運命の転機が訪れる。ラルフ・ラングニックとの出会いと、ひざの大ケガで選手としてのキャリアを終えたことだ。トゥヘル自身はセンターバックやディフェンシブハーフだった選手時代を振り返って「プレーヤーとしては脚も才能もそれほどではなかった。頭で予測できていても、対戦相手を止めることができないことが多々あった」と認めている 。しかし、人生万事塞翁が馬、この大ケガをきっかけに、トゥヘルは指導者としてのキャリアのきっかけを掴むことになる。
 
ウルムからシュトゥットガルトに移籍していたラングニックが、一時はケガが治っていたトゥヘルをシュトゥットガルトのセカンドチームに呼び寄せたのだ。ラングニックは、ケガをして契約を打ち切られたトゥヘルをずっと気にしていたという。結局、ケガの影響で選手としては引退したが、そのままシュトゥットガルトのU15の監督に就任し、監督としてのキャリアをスタートさせることになった。
 
2004年にU19のアシスタントコーチに昇進すると、2005年にはチームの全国優勝に貢献。2006年にU19の監督兼育成アカデミーのチーフとしてFCアウクスブルクに招聘されると、同年にプロコーチライセンスを獲得。U23の監督も務めた後、2008年にマインツから声がかかり移籍。そのシーズンにU19の監督として圧倒的に戦力では劣るチームを率いてドイツ王者に導いた。
 
2009年にトップチームの監督に昇格する際、「監督はチームのベストプレーヤーよりも重要な存在だ」と考えるマネージャーのハイデルが言った言葉は「君が昨シーズンU19でやったサッカーを、トップチームで観たい。そして、チームも同じように率いて欲しい」というものだった。2009年に就任して以来、マインツをブンデスリーガに定着させ、1年の休暇を挟んでドルトムントに就任した。
 
■2.性格、独自性
学生時代はアビトゥア(大学入学資格)を取得し、選手の傍らフィジオセラピストの研修を積みながらスポーツ科学と英語学科を専攻したが、サッカー選手としてのキャリアを優先させ、途中退学。現役引退と同時にシュトゥットガルトで経営学を選考し、卒業している。
 
指導者と学生の生活をしながら、バーテンダーとしても働き生計を立てていた。当時の生活を振り返って「サッカーを優先させて、全てを中途半端で辞めてしまっていた。だから、当時の自分にとっては人格形成において、何かを最後までやり遂げることに意義があったんだ」と語り、「普通の学生のようにバーテンダーとして働き始めて数週間経って気づいたんだけれど、あれは自分にとっても最も適している仕事だったんだ。サッカー選手としての私のことを知らない人たちが、自分のことを気に入ってくれて覚えてくれたりして、とても楽しかったよ 」と振り返っている。
 
前任者のクロップがプロ選手をしながらテレビ業界で研修し、メディア業界の内部を学び、エンターテイナーとしての側面が強く出ていた一方で、トゥヘルはより一般社会との結び付きが強く、それがマネージメントにも現れている。
 
トゥヘルは「今のチームには34歳の選手もいれば、19歳の選手もいる。その間には、すごく大きな差がある。大きな違いは、そういった年齢や経験に差がある選手たちとどう接していくか、ということ。チームの中で、選手としてキャリアが長い選手もいれば、代表選手として活躍している選手もいるし、ブンデスリーガの経験が豊富な選手もいれば、デビューしたばかりの選手もいる、本当に色んな違いがあるんだ。そういった、個人間のコミュニケーションの仕方には、大きな違いが出てくるけれど、サッカーそのものの、トレーニングのメソッドは一緒だね」(参照)とマインツ時代に打ち明けている。
 
また、トゥヘル自身が食生活に気を使う姿を見せることで、選手たちの生活習慣の改善を求めるなど、自身が規範となる術も育成機関で働いた経験から学んでいることがうかがえる。
 
■3.戦術・メソッド
トゥヘル自身がグアルディオラのファンであることを公言し、親交もあることはよく知られている。2009年のインタヴューでは、バルセロナが一般的にボールポゼッションで注目を集める中、すでに「バルセロナがいかに敵陣内でボーロストした際に、チーム全体がコンパクトに纏まってボールを奪ってしまうか」という仕組みについて説明している。
 
サッカーのスタイルのみならず、メソッドのコンセプト自体も共有している発言が見られる。例えば「チームというのは各個人ひとりひとりの足し算以上のものだ。良いサッカーをするためには、サッカーの数値には表れないようなさまざまな重要な要素があるんだ」といった発言や「監督の得意なスタイルがクラブの哲学に合致しているか、気をつけなければいけない」といった発言からは、ペップ・グアルディオラやモウリーニョなどが踏襲する戦術的ピリオダイゼーションの基本コンセプトである全体性という概念をよく研究していることを示している。
 
トゥヘル自身は、グアルディオラ率いるバルセロナを手本としていることを隠していない。それは今シーズンのこれまでのドルトムントのサッカーを見ればよく分かるだろう。
 
一方で、「何かをお手本としてしたわけではないんだ。中盤をひし形でプレーし始めたのは、ブンデスリーガの1年目の終わりの方だった。私たちにはアウトサイドからの崩しでチャンスを作るような、相手にとって危険なクオリティを全く持っていなかった。それで7人で守備ブロックを作って、トランジションに必要な攻守の繋ぎ目になる選手を一人、そしてスピードのある選手二人を前線に配置したんだ。そうして、それを続けて、続けて、続けて、今まで磨き上げてきたんだ」(参考)というように、ひとつのスタイルにこだわることなく、現実的にチームにとって最善の形を引き出すことで戦力的に平均以下のマインツをブンデスリーガに定着させた手腕を持っている。
 
同時に、岡崎慎司をストライカーとして覚醒させたように、その突出した分析能力が同時にスカウティングにも役立っており、マインツ時代は少額でポテンシャルのある選手たちを獲得し、大金で放出させるというビジネスモデルを確立させた。
 
■4.香川真司との相性
すでに今シーズンの数試合で見せたように、今季のトゥヘルはポゼッションを基本に、そこからのプレッシングとカウンターアクションを狙うサッカーを見せている。クロップ時代の香川のトップフォームの頃は、狭いスペースで受けてからの反転してのドリブルやカウンターの基点といった個人で打開する要素を求められていたが、今の香川が求められているのはコンビネーションの中心として相手ディフェンスのブロックの間でボールを引き出し、確実に繋いで最終的に相手ゴール前に顔を出すことだ。
 
トゥヘルは香川に対して「シンジは我々の中盤で重要な役割を果たす特別なクオリティを持っている。彼がトップクラスの選手であることは少し見れば分かる。あとは、我々が彼を全盛期の姿に戻すことに全力を尽くすだけだ」と公言している。トゥヘルが香川の相手にとって嫌なブロックの間の狭いところでボールを受ける能力を高く評価しているのは間違いない。
 
また、チームという構成単位を重んじるトゥヘルはアジア人の選手の特徴を好んでいる。マインツ時代、岡崎を始め多くのアジア人選手を獲得した理由について「プロの仕事として、素晴らしい姿勢を持っていること。チームプレーが身に沁みていて、自分のパフォーマンスをチームのパフォーマンスに還元することが出来る能力。トレーニングが好きで、礼儀正しく、グループとしての活動を尊重でき、チームメイトを尊敬できること。彼らの特徴は、私たちのチームがプレーするスタイルにとても素晴らしく合っているんだ」参照)と語り、マネージメントをする上でも性格的な部分でアジア系の選手を好んでいることわかる。
 
すでに結果を出し始めていることからも分かる通り、トゥヘルは香川の特徴をすでに理解している。ドリブルからの個人での打開を求められるよりも、コンビネーションプレーでチャンスに絡める今シーズンは、リズムを掴みやすいはずだ。このまま結果を出し続けられれば、香川自身にとって、また、日本代表にとっても新たなステージに進むことになるだろう。


鈴木達朗(すずき・たつろう)
宮城県出身、ベルリン在住のサッカーコーチ(男女U6~U18)。主にベルリン周辺の女子サッカー界で活動中。ベルリン自由大学院ドイツ文学修士課程卒。中学生からクラブチームで本格的にサッカーを始めるも、レベルの違いに早々に気づき、指導者の目線でプレーを続ける。学者になるつもりで渡ったドイツで、一緒にプレーしていたチームメイトに頼まれ、再び指導者としてサッカーの道に。特に実績は無いものの「子どもが楽しそうにプレーしている」ということで他クラブの保護者からも声をかけられ、足掛けで数チームを同時に教える。Web: http://www.tatsurosuzuki.com/

Photo by Peter F.