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アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

Photo by keithminer

今回はまず僕らが体を動かすときに、筋肉の奥深くでどのようなことが行なわれているのかについて、できるだけ簡単に説明してみたい。
 
筋細胞が、筋肉内の最小単位。最新の研究によると、筋細胞は螺旋(らせん)状態になっているという。そして脳からの信号を受けると、これがねじれながら収縮し、そこで動きが生まれる。筋細胞を収縮させるためにはATP(アデノシン三リン酸)というエネルギーが使われ、より大きな力を生み出すためには、当然より多くのエネルギーが必要になる。
 
ちなみにハウザーの講演では、この筋細胞内での一連の動きをアニメーションで見させてもらった。脳からの刺激を受けると同時に螺旋がねじれながら収縮。するとつながっている神経節がすっと動き出し、筋細胞にエネルギーとなるATPを届ける。ATPを手放した神経節がもとの位置に戻ると、流れてきたほかのATPが結合し、次の動きが始まる。こうした動きが僕らの体の中のあらゆるところで、当たり前のように繰り返し、繰り返し行なわれているのだ。すべては化学現象の連続でしかないのかもしれないが、このように崇高な世界が普段何の意識もしていない僕らの中にあるというのは、なんとも神秘的で、畏怖の念を抱かされる。
 
さて、このATPというエネルギー源は筋細胞内にも貯蓄されている。爆発力があり、すぐに全力で動くことができるが、持続性がなく、全力で動いた場合だと、最高でも7-10秒間しか持たないとされている。そうなると筋細胞内のエネルギーだけでは足らないので、迅速に補給しなければならなくなる。その役割を果たしているのが酸素だ。心臓から全身に酸素が供給され、体内の要素と結びつくことでエネルギーを生み出すのだ。つまり、運動時でも呼吸をする状況を作ることで「半永久的に使える素晴らしいエネルギー供給システム」(ハウザー)を利用することができる。これがいわゆる有酸素運動というものだ。
 
ただ、こちらは呼吸をしてから筋細胞内に送り届けられるまでのタイムロスがあるために、瞬間的なパワーを生み出すことはできない。貯蔵量は少ないが瞬間的にパワーを生み出す前者と、搬送するのに時間はかかるが豊富なエネルギーを作り出すことができる後者。スポーツ選手はこの二つのエネルギー供給システムをどのように使い分けるのが最適かを知り、自分に合ったトレーニングを積むことが大事になる。
 
「ではサッカー選手に必要なエネルギー源とはなんでしょうか?」

壇上のハウザーはそう言いながら、パワーポイントで一つの表を映し出し、説明を続けた。それはあるプロサッカー選手の試合中の行動分析だった。 

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このデータによると、ほぼ筋細胞内エネルギーのみで動いているのはフルパワーによるスプリント時だけ。割合的には全体のわずか3.4%でしかない。そして全体の90%以上が有酸素エネルギーの範疇となっている。もちろん個人差はでてくるが、おおよその割合は変わらないはずだ。

データを示しながらハウザーは「この割合は昔からよく知られたものではあります。サッカーでは様々な負荷の運動が、統合性のない状態で連続して行なわれます。そのため、練習から負荷を変化させるインターバルトレーニングが多く行なわれているのではと思います。しかしそうしたトレーニングによって何を鍛えようとしているのか、皆さんはどこまではっきりとわかっていますか」と問いかけてきた。
 
試合の中で一番使われるエネルギー供給システムは有酸素性で、ここを鍛えたほうがということはわかった。では有酸素性トレーニングを行なうことで僕らの体の中ではどのような変化が見られるのだろうか。まず心臓の体積が増大し、心臓の筋肉が強化されることで心拍数の減少、つまり一回に送り出す血液量の増大につながる。肺もパワーアップする。一度の呼吸でより多くの酸素を取り入れることが出来るようになるのだ。

ただよく勘違いされるのだが、肺自身は決して大きくならない。肺の中にある肺胞の働きが活発になるのだ。さらに体の隅々まで広がる毛細血管網も広がり、それぞれの酸素貯蔵量が増えてくる。血液量自身も増えて、血液内の赤血球の量が増える。それにより、より多くの酸素が体の隅々まで運ばれるようになり、一度の呼吸でより体力を回復でき、一度の脈でより多くの酸素を体中に送ることが出来るようになる。つまり有酸素性エネルギーを持つということは、疲労耐性、そして疲労回復能力を持ち合わせるということになる。
 
「この点が大切なのです。試合の中では確実に何10本も高負荷のランニングや全力でのダッシュをする場面があります。そのあとにどれだけ速やかにエネルギーを取り戻すことができるのかが重要なポイントなのです。そしてスプリントをして大容量のエネルギーを消費した後でも、『モーター』の役割を果たす筋細胞を動かし続けるためには、できるかぎり迅速に酸素が全身に送り届けることが必要になるのです」とハウザーも言葉に力を込めて、強調していた。
 
逆に言うと十分な有酸素性エネルギーのキャパシティがないと、高負荷のランニングやスプリントは体にとって害にしかならないということだ。前回の記事で「クラシカルな持久力トレーニングとハイインテンシティトレーニング」のデータ比較に関して、チームレベルで見ると大きな差はなかったが、個人レベルで見ると「ハイインテンシティトレーニングをすることで、大幅にパフォーマンスレベルを下げた選手もいました」というハウザーのコメントを紹介させていただいた。

この点に関して、ハウザーは「もちろん筋細胞内エネルギーのキャパシティを増やすために、ハイインテンシティトレーニングを行なうのは有益です。酸素を送り出す力やスピードをアップさせ、疲労回復能力を高めることもできます。しかし、高負荷のトレーニングを行なうためには筋細胞の耐性力が重要になります。酸素供給によるエネルギーで補うことができないと、その筋細胞は壊れてしまうのです」と主張。それはつまり、「動け!」という指令だけが乱立してしまい、動かすためのエネルギーがない状態だ。
 
車を運転しようにも、電気系統に問題があるにもかかわらず、アクセルを生み続けたらどうなってしまうだろうか。同じことが体でも起こるとわかっていたら、それがどれだけ選手の負担になるかにも考えが及ぶはずだ。例えば試合後に何度もダッシュをさせたりするチームがあるが、これは筋細胞にダメージを与え続けている行為でしかない。体を休ませるというのは、やみくもに厳しい練習を課す以上に、体を鍛えることにつながることを忘れてはいけないのだ。
 
ではどのようにトレーニングに活用するのがいいのだろうか。専門知識とは現場に結びつけられなければ意味がない。昨シーズンのブンデスリーガ最優秀監督に選ばれたヴォルフスブルクのディーター・ヘキングは「データや知識から先に物事を考えてしまい、そこからだけの視点でやるべきことを要求するようになると、それらはもはや助けではなく、阻害するものにしかならない」と持論を述べていた。
 
DFB(ドイツサッカー協会)指導者育成の第一人者ベルント・シュトゥーバーはカンファレンス最終日に行われたオーディオポディウムで「私は研究職ではない。しかしアマチュアチームの監督は毎日練習ができるわけではないのが現実だ。毎回、個人に合わせた練習をするのは簡単ではない。だからこそ、一回一回の練習機会をどのように最大限に有効活用できるかが大切だ。そしてサッカーはいつでもピッチ上で何ができるかがメインになる。ボールとゴールを使ってのゲームがスタート地点だ」と主張していた。ピッチサイズ、プレーする人数、時間を調整することでゲームをしながら持久力もしっかりと鍛えることができる。
 
ハウザーも「2対2や4対4、あるいは6対6というゲーム形式のトレーニングは時間やピッチの広さをうまく調整すれば、適切な負荷を与えることができます。その際には2対2ばかりをやるのではなく、いろいろな人数の組み合わせにすることで異なる負荷をかけるといいと思います。そうすることでより試合に生きるコンディションを身につけることができます」と話していた。
 
今回のテーマは、あくまでもコンディションにおける持久力に特化した。持久力を鍛えるだけでは、求めるコンディションを手にすることはできない。では上記のようなボールを使った練習だけで、コンディション全体を十分鍛えることができるのだろうか。この点に関してハウザーは「残念ながらそれだけでは、シーズンを乗り切るのに十分なコンディションを鍛えることはできません。時間を見つけて、コンディションに特化したトレーニングを組み入れることも必要かと思われます」と補足していた。
 
時間や場所が取れるチームは、うまくコンディショントレーニングを取り入れることが求められる。あるいは練習時間が限られているチームでも、通常練習後に20分でも60%の負荷でランニングをすれば、基礎持久力アップに効果が期待できる。シュート練習でコーディネーション用のラダーを使ったり、スプリントを入れたりと技術練習と組み合わせることで、不足分をある程度はカバーをすることもできる。コンディションを整え、鍛えるのは誰のためなのか。選手にも自分の身体への責任感が必要なのだ。それぞれのチームが置かれた環境によって、自分たちでバランスの取れたトレーニングを作り上げることが大切ということだろう。