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アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

「サッカーを決定づける要素とは何か」という問いは、いろいろなところでされている。それに対する答えも人それぞれ、千差万別だろう。僕には僕なりの考えがあるし、皆さんには皆さんの思いがあるはずだ。

「サッカーは足でボールを扱うスポーツ。技術こそが何より大切」
「サッカーは相手との駆け引きに勝利することが重要。戦術理解がなければ優位に立てない」
「いや、最後のところで相手を凌駕するためには、研ぎ澄まされたメンタル力こそが決定的なものになる」
 
ここでどれが正しいかを論じるつもりはない。選手一人一人には特色や特徴があり、自分に最適なバランスを見出すことが当然求められる。指導者には好みがあるし、どのサイドからアプローチするかでその先のプロセスも変わってくる。実際のところ、何か一つさえ極めれば何とかなるというわけではない。どれもが必要なこと。ただ体を動かすにも、頭を働かせるにも、選手にとって大元となるコンディションが必要なレベルになければ、求められるプレーをピッチ上で発揮することはできない。

たとえば車のレースがあったとする。どれだけ優れたテクニックを持ったドライバーがハンドルを握っていても、あらゆるデータが蓄積されている最新鋭のカーナビがあったとしても、ハイパワーを生み出すことができるエンジンが搭載されていても、エンストしてしまえば車を走らすことができない。車にメンテナンスが必要なように、選手も体のケアには非常に気を配らなければならないのだ。そしてケアをするためには体の仕組みを知らなければならない。

今回はそんなコンディションについて、先日ドイツのヴォルフスブルクで開催された国際コーチカンファレンスより、DFB(ドイツサッカー協会)スポーツ生理学研究員のDr.トーマス・ハウザーの講演を紹介したいと思う。国際コーチカンファレンスとは、例年7月に3日間行なわれるDFB公認A級・プロコーチライセンス(日本でいうところのS級)指導者対象の国際レベルな講演会だ。

毎年異なるメインテーマが設定され、ブンデスリーガの育成指導者や世代別代表監督によるトレーニングデモンストレーションやスポーツ生理学や心理学教授による現場でも活用できる講演、また、W杯や欧州選手権後には大会の総括・分析、今後の傾向がDFBからすぐに発表される。国際と名がつくだけあり、今回も42か国から総勢900人の指導者が集った。

そんな今年のカンファレンスのメインテーマは「コーチングアスペクト-指導者に求めらる根本的な条件」。昨年ブラジルの地で24年ぶりとなるW杯優勝を果たしたドイツだが、彼らの視線はさらに先へと注がれている。やり遂げたことの大きさを自認し、誇りに思いながら、まだ改善できるところ、まだ不足しているところへの果てなき探求心であふれている。そして先に進むためには、足元を盤石にすることの大切さを知っている。自分たちの足元を確認するために、一度基本に立ち返る姿勢には大きな敬意を抱かざるを得ない。果たして我々にそれだけの覚悟と気概と、それに見合う時間とお金の投資ができるのだろうか。じっくりと考えなければならない。

さて、では早速ハウザーの講演に移りたいと思う。選ばれたテーマは「クラシカルな持久力トレーニングと、ハイインテンシティトレーニングの比較。サッカーに適した持久力トレーニングとは?」。メインテーマに即し、コンディションの分野でベーシックな持久力をテーマに持ってきた。壇上に立ったハウザーははっきりと通る声で、まずこう切り出した。

「コンディションが良ければ、ワールドカップで優勝できるわけではありません。しかしコンディションがなければ、そのチャンスさえないのです」

まずここでいうコンディションとはなんだろうか。身体の能力に対して、「コンディション」や「フィジカル」や「フィットネス」とひとくくりで語られることが多いが、学術的に見ると肉体的コンディション(持久力、スピード、パワー、柔軟性、コーディネーション)と心理的コンディション(認知、モチベーション、感情)に分けられ、様々な側面を持っている。それだけにコンディションをどのように解釈するかは重要な意味を持つ。

ここでは「パフォーマンスに直結させる源」としてコンディションを捉え、「頭にイメージしたアクションを最適な力量で瞬時に動きに反映させ続けるための総合的な身体能力」と定義して、話を進めていきたい。その中でサッカー選手にとっての求められる持久力とは「90分間、場合によって120プラスPK戦まで、可能な限り長い時間、可能な限りのパワーを引き出し、消耗時にはすぐ回復することができる能力」と表すことができる。

昔から持久力トレーニングというとおなじみなのが長距離ランニング。少しでもスポーツをクラブや部活でしたことがあるみなさんなら、何キロメートル、何十キロメートルという走り込みを行ってきた経験がおありだろう。私の高校部活時代も、皇居周りのランニングが通常メニューとして存在していた。これは日本だけの話ではなく、ドイツでもシーズン前のプレーシーズンでは基礎持久力アップのためにと、近場の森に走りこみに出かけるのが伝統だ。そういえば、ドイツに渡って最初のシーズンの最初の練習に、そんなことを全く知らないままスパイク片手にぶらっと行ったら、「キチ、今日は走り込みだぞ!」と言われ、仕方がないのでそのままスパイクでついていき、見事にひざを痛めたことがある。

さて、こうしたクラシカルな持久力トレーニングに対し、「サッカーは同じテンポで走り続けるわけではない」とスピードの強弱をつけたインターバルトレーニングがあるわけだが、ハウザーはどちらのトレーニングがサッカー選手のコンディションを向上させ、パフォーマンスレベルアップに結びつくかの考察を行なった。

ハウザーはまず16歳から17歳までの41人の選手で行なわれたテストについてを紹介。2つのグループに分けて、それぞれが通常のトレーニングに加え、それぞれのメソッドで持久力トレーニングを行う。ハイインテンシティトレーニングは15分~30秒間のダッシュを12回~15回。合間にダッシュ時間とおなじだけの休憩をとる。クラシカルな持久力トレーニンググループは80%~95%の負荷で30分~60分走る。プレシーズンからシーズン後1カ月までの2カ月間でチームデーターをとった結果、どちらのトレーニングも似たような持久力のアップが見られたという。正直意外な感じがした。少なからず何らかの違いがあると思っていたからだ。

すると、ハウザーが次の点を強調した。

「気を付けなければならないのはこのデータはチームとしてのデータであるということです。これを個人レベルで観察すると全く別の結果が見られるのです。ハイインテンシティトレーニングをすることで、大幅にパフォーマンスレベルを下げた選手もいました。あるいはクラシカルなトレーニングで安定したアップを見せた選手がいる一方で、ほとんど成果が見られない選手もいたのです。つまり、トレーニングはより個人に目を向けて行わなければならないということ。全員でただ同じ練習をするのではなく、それぞれの選手のあったトレーニングを行なうように指導者がコントロールできなければならないのです」

なるほど、確かにその通りだ。練習前のコンディションレベルが違う選手が、同じ負荷でトレーニングをしたら、結果に差異が出るのは当然だろう。では個人に合うとはどういうことか。たとえばあなたが病気になったとする。病院に行って診療を受け、医者の診断を仰ぎ、症状に合った薬をもらい、適切な治療法を教えてもらう。医者は目の前に現れている症状から、現在の状態を確定させると同時に、薬や治療法の効能、そしてそれがでどのような結果がもたらせるかを知っていなければならない。

ハウザーは「トレーニングでも同じことなのです。人間の体内で起こっている機能を知り、どの部分を、どのように鍛えることがパフォーマンスアップにつながるかの認識を持つことが大切となるのです。今回の持久力の問題で考えると、人間の筋肉の中では何が起こっているか、その構造と機能が大事なテーマとなります」と主張する。

冒頭で車のレースの例を挙げた。どんなに優れたドライバーとカーナビとハイパワーエンジンを搭載した車でもエンストしたら意味がないと。ではどのようにすればエンストさせずに、モーターからのエネルギーを全体に速やかに回すことができるのか。エンジニアは当然そこを見て仕事をするわけだ。

この点に関してハウザーは、「人間にとっては筋肉が車でいうところのモーターに当たる存在」と指摘していた。その中で特に取り上げたのが筋肉内の最小単位である筋細胞の仕組みについて。筋細胞の仕組みは謎に包まれていたところがあり、ブラックボックスだったとハウザーは説明。何らかの外的刺激・負荷がかかると、筋細胞内で何らかの動きがあり、結果として乳酸と水と二酸化炭素が生じる。では実際に筋細胞内ではどのようなことが行われ、どのようにエネルギーが生じているのか。次回はそのあたりの詳細について書かせていただこうと思う。