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アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

――もう少し在任時代のお話をお聞きしたいのですが、あのご自身をモチーフにされた『こやのん』グッズは広島サポーターのみならず、多くのJリーグサポーターにもインパクトがあったと思います。現役の社長が直々にマスコットになるという、かなり印象的なグッズでした。あのグッズが制作された経緯は、どのようなものだったのでしょうか。

小谷野 私の似顔絵がネットでいろいろと出ていたので、企画スタッフだった吉武くんが上手くデフォルメして、私のデザインキャラクターにして。それをキーホルダーにしたということです。ある種、ネットで自発的に出てきたものをどういう形で話題作りや集客の道具にするかという1つの事例です。あれはフロントが狙ってやっても、きっとそんなに流行らなかったと思います。

――なるほど、お客さんの需要を見込めない状態でアイデアだけでやったわけではない、つまりプロダクトアウトではなくマーケットインということですね。

小谷野 ネットの中で自然発生的にあったものを、どうやって集客とかグッズの売上に結びつけるか。試行錯誤の1つの例として出したら反響が予想以上にありました。ただ、経営の基本はプレーや選手の魅力を伝えていくのが王道だと思います。こやのんグッズはフロント内部で楽しくやってもらって、それは良かったと思うのですが、一方で試合告知とか、個々のホームゲームに何のテーマを設定してどうやって宣伝していくのかというのは、『こやのん』とは別にシビアに追求してきたつもりです。実際にいま振り返ってみると、できたことよりも実現できなかったことばかりが頭に浮かんできます。

要するに、一般のファンにも受けるような集客のフック、ある程度サッカー見ている人に対するフックというところで、情報発信をとにかく増やして、日常生活におけるファンや一般市民とのサッカーの接点をいかにして増やすのか。そこはクラブの命綱だと思います。『こやのん』のきっかけは偶然でしたが、それを吉武くんをはじめとするスタッフがよくやってくれて、『サンチェ』というキャラクターを売り込むことにある程度成功したことについては、スタッフの成長として嬉しく思います。また、社長になった一昨年は私自身いろいろアイデアをスタッフに持ちかけましたが、昨年は「選手のお面」以外はほとんどがスタッフ発のアイデアでした。

――確かに、『こやのんに押されて存在感がなくなったサンチェ』というストーリーが作られて、今度はサンチェいじりみたいな企画ができましたよね。

小谷野 それは彼らを自由にやらせて成功したのですが、今度は一般レベルで「カープ坊や」みたいな感じでサンチェが浸透していけるかだと思います。それは、これまでの延長線上だとまだまだ弱いように思います。それは今のマネジメントやフロントスタッフに現状より一段、二段上に行く企画力を付けてほしいですね。

――もう一つ伺いたいのは、地方クラブの社長としてホーム・アウェイ含め全試合に帯同されましたが、そこで見えてきたものは数多くあると思うのですが、いかがでしょうか。

小谷野
多くのクラブでは社長が実行委員を兼任していますから、必然的にかなりのJリーグクラブの社長さんはアウェーにも行っています。ただ、その上で素直にいうと、広島のクラブがJリーグやナビスコカップ、ACLを戦うのは移動距離だけでもすごいハンデだと思います。ACLに関しては、一昨年はウズベキスタンに行き、昨年はオーストラリアには2回行きましたが、本当に大変な目に遭いました。また、ウズベキスタンの帰りは清水の舞台から飛び降りる気持ちでチャーター便を手配したのですが、その直後のアウェー名古屋戦で勝ち点1を拾えたことが、2連覇を達成した最後の最後で効いたということは、クラブとしても良い学びだったと思います。

関東のクラブに比べると、ウチの選手・監督・マネージャーやスタッフは過酷な移動を本当によくこなしていると思います。現場の人たちには本当に頭が下がります。今は広島から新潟に直で飛行機で移動できないとか、そういう制約があります。さらに、広島の夏は暑い。ナイターになって気温が多少下がっても湿度がある、これをホームの利点と考えるのも可能かもしれませんが、練習をしていても本当に暑い訳で、選手には心底同情します。

――WBGT(Wet-Bulb Globe Temperature)値では、基本的に31度以上の気温では運動自体が原則禁止となっていますしね。となると、練習自体は本来ほとんどできないわけですよね。

小谷野
まさしく、気候からしても移動距離からしても、選手は本当によくやってくれています。一方で、Jリーグの地域的な広がりも大事にしたいですね。僕もJリーグがなかったらそうは行かなかったであろう地域に行って、ナイターをやった後にその地域に泊まって、地域の人達と交流したり、空いているお店に行って祝杯を挙げたり、残念会をしながらご飯を食べたり。これは本当に、大変な遠征の旅ではあるけど、Jリーグがなかったら行かなかったであろう場所で、まず出会わなかったであろう人たちや料理に会えたことはすごく大きかったですね。Jリーグの大きな意義はそこにあるということを体感しました。

――サッカー自体もインバウンドの観光資源としてすごく有望だという話もありますね。

小谷野
私も実際にアウェイを含め、実は2012年の社外取締役をやっていたときから全試合行ってたんですけど、広島の試合やアウェーの試合を東京の仕事の合間に深夜バスに乗って行ったりしていました。3年間チームに帯同したら、チームの追っかけをやっている人たちの気持ちが少しわかるようになったかもしれません。

――それはどういった部分ですか?

小谷野
やはり、1試合1試合に週末を迎えるのが大変だけど待ち遠しくなる訳です。あとは、試合に入っていくプロセスそのものを楽しむ感覚とかね、アウェイツーリズムにハマる人というのが熱烈なコアサポだけでなくて、Jリーグでも着実に増えているのはそういう部分なのだろうと思います。

――Jリーグにはツーリズムとしての魅力もあると。

小谷野
仕事でありながら、Jリーグの良さとして僕自身楽しませてもらったのは間違いありません。

――1つに絞るのは難しいと思いますが、あえて一番印象に残っている場所はどこですか?

小谷野
どこもみんな印象的ですけど、新潟、大分、徳島や仙台でしょうか。すごく印象に残っていますね。社長を辞めてしまったので、今年の松本には行けないのは残念です。瀬戸大橋を越えて徳島に入ったり、大分でドームを閉めきって蒸し暑い中で試合をやったり、いろんなことをやりましたからね。あと、これは社長になる前ですが2012年の森崎浩司の復活ゴールの札幌戦、厚別でやったものすごい突風の中での試合とか。サッカークラブそのものは主催ゲームを盛り上げようとしようとしていろんな演出とか企画を打ちますが、加えて行ったり帰ったりする道すがらも含めていろいろなハプニングがあります。なので、アウェイツーリズムにハマる人はまだまだ増えると思います。

――そのクラブ運営の考え方というのは、最寄り駅からスタジアムまでを動線含めどうデザインするかを考えるべきだと。

小谷野
コアサポーターからライトなサポーターまで、「そこにいけば何かがある」という空間や時間の創出はこれからもっとやってほしいですね。そういう楽しい空間をどう創出するかというところは、他のエンターテイメント産業やプロ野球なども含めてよく見習う必要があるかなと思います。私はコンフェデ杯とワールドカップと2回ブラジルに行きましたが、本当に海外におけるイベント会場やその周辺でのホスピタリティやお金の使わせ方には学ぶところが多いと思います。別の言い方をすれば、サッカーツーリズムの可能性は日本で想像されている以上に大きいと思います。

冒頭の話に戻りますが、エディオンはプロ野球でいうと、主に4つのチーム、カープ、ドラゴンズ、ファイターズ、バファローズのスポンサーをやっています。サッカーでいうとサンフレッチェ以外にもFC岐阜とツエーゲン金沢のスポンサーにもなっています。ツエーゲンのショーツには『100満ボルト』と広告が入っていますが、これはエディオンの子会社のサンキューが展開している家電量販店で、私は同社の取締役にも就きました。

金沢のGMの西川さんとも今度お会いしていろいろお話しすることになっていますが、元サンフレッチェの辻尾真二選手も頑張っているので、彼のレプリカユニフォームを今度ゲットしようかなとか思っています(笑)。サンフレッチェの経営からは直接的には外れましたけど、今後はスポンサーとしての立場でいろいろなクラブや競技に関わっていくことになろうかと思います。その中で得られた知見を、サンフレッチェを始めとする私が関わっているクラブとか、Jリーグの方々にも共有してけたらいいなと思っています。

――個人的には、小谷野さんみたいな方にゆくゆくはチェアマンになってほしいなと思っています。

小谷野
もうエディオンの経営のことしか頭にはありませんが(笑)、村井チェアマンのお話でいうと、先月半ばにJリーグにエディオンの取締役就任のご挨拶に行きましたが、今年から始まったサッカー経営者の育成スクールである『Jリーグ・ヒューマンキャピタル』のコースでケーススタディを発表する際の講評者になってくれないかという要請を受けました。それ以外のJリーグの社長経験者の方も参加されるようですが、私も可能な範囲でお手伝いしたいと思っています。

また、正式発表されましたけども、堀江貴文さんとか夏野剛さん、冨山和彦さんを始めとする方々が、今度Jリーグのアドバイザーになりましたね。村井チェアマンも賛否があることを承知で、話題作りも含めてこの話に踏み込んでいると思います。厳しい発言や、ぶっ飛んだ発言も出てきそうですが(笑)、フレッシュな視点の方々との会話が仮にJリーグを通じてできるとすれば、私自身にとっても経営の知見を深めていける機会になると思います。

選挙が終わった後、いくつかの大学から「先生をやらないか」などの話を頂きましたが、私はまだ50代前半なので、まだ経営の現場でやるべきことは数え切れないくらいあると思っています。そして、エディオンを支えるべく必死で仕事をする一方で、空いた時間ではJリーグやサッカーの経営に微力ながら貢献したい気持ちはあります。

先ほどの『Jリーグ・ヒューマンキャピタル』の件を受けたのも理由は単純です。ケーススタディの発表会となるとどうしても社会人の受講生もいらっしゃるので、土日になりますよね。となると、Jリーグの日程にかぶりますから、現役のJクラブの社長さんはほぼ出席が難しいんです。これでは事務局は大変だなというので、「日曜日と祝日で私の仕事がない日ならお手伝いしますよ」とお答えした次第です。