athlete knowledge

アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

千田 今回の女子W杯で使われたエドモントンのスタジアムの屋根は、巾着の口がすぼまるようなデザインでしたね。真ん中だけ穴があいていて、あの穴の大きさが変わるのかまではわからなかったけど、あそこは超寒冷地。そこでの耐久性とかはどうなのかと思いました。人工芝でしたけど。

またろ 今JFAが推し進めているロングパイル人工芝というのがあって、アスリートに対してどの程度の影響力があるかというテストをJFAもFIFAもやっています。南アフリカのW杯では、ドイツの会社のグラスマスターという芝の接地部分を繊維で補強する、強化ハイブリッド芝を使っているところがありました。

千田 かつらメーカーであるようなやつですね

またろ そうです、そんな感じです。ですけど割と不評で。ボールの軌跡が変にスライスするという現象が起こって。人工芝とアスリートの関係は、FIFAも最前線で取り組んでいる所だと思うんですけど、日本語に翻訳して知識展開してくれるサイトがない。なので、僕も四苦八苦しながらいろんな海外のホームページを読み込みながらやっているんですけど。そういう勉強会をやるのもいいかなと。人工芝にすれば稼働率はかなり改善できるというのは当然のごとく昔から言われているので。

そういうような、スタジアムの基礎知識から組み立てられている話が今のところの国立競技場から見えてこないんです。論議にあがっていない。キールアーチがお金の問題になっているという話が多いけど、もっと観戦者にとって見やすいスタジアムにしてほしいですよね。

国立競技場のコンペのドキュメンタリーをNHKでやっていたんですけど、3位に入ったSANAAという妹島和世さんの事務所を独占取材していました。このスタジアムでなにが一番大事なのかというところからしっかり論議しながら作っていくことをまとめていた。彼らが一番気にしたのが“観客がスポーツを見る”というのがメインであるスタジアムにとって、何を大事にするか。どれだけ競技に集中して見られるかというところ。

屋根のライズをとるほうがいいのかとか、全体の形は円形がいいのか、楕円形がいいのか、それを崩した形でも成り立つのか、とか。そこで若手の子が面白い案をだして、これはいけるかな? というものだったんですけど、妹島さんがさんざん悩んだ上にNGを出して。この案はやっぱり“観客が集中できない”と。

それプラス、安藤忠雄氏のコメントもありましたが“どの案が、集中して見ることができるか”という部分が審査でも大きかった。いかに健全な審査の上でのコンペだったかというのは、よくわかります。今さら“あれは恣意的だった”とか“安藤忠雄によって結果がねじ曲げられた”とかいうコメントをしている人がいますが、番組を見てよ、と。真面目にコンペとして取り組んでいるし、日建設計、日本設計、梓設計とかがまじめにスタジアムの基本線から抑えて、色々ヒアリングをして“使いやすいスタジアム”という議論を重ねて組み立てているわけですね。だから、ザハ案をコストカットをしてみた結果あのカメみたいになったカッコ悪い形だけを見て“最低な設計をしている”と論じるのは違う。あの絵だけですべてを判断はできません。

――当初のカブトガニのようなデザインにしても、そもそも五輪を取ってくるためであって、彼女自身も修正には柔軟に応じるということでしたよね。

千田 実は2013年時点ですでに、ザハは「手直しをする用意がある」というのを言っているんですよ。

またろ ザハはJSCから「このままで行きます」と言われて「本当にこのままで行くつもり?」って言ったらしいですね(笑)。「8万のキャパとあれだけの中にフィットネスも博物館もいれて、VIPエリアも世界一の規模にするプログラムを本当にやるつもり?」というふうに聞いたのだと思います。

千田 ザハはロンドン五輪の水泳会場を作ったと聞きましたが、スタジアムを作ったことはあるんですか?

またろ スポーツ施設はあります。ザハ事務所のナンバー2がいるんですけど、その人がスポーツ施設を担当しています。ザハの事務所だけで全世界で500人くらいいるらしいですから、日本で言ってもトップ10に入るくらいの陣容の設計事務所で、しっかりやっています。

――個人的には、ザハ氏の名誉回復をしたいなと思っています。というのも、僕みたいな建築の素人からすると、ザハや安藤忠雄氏を悪者にする報道にずいぶん振り回されましたから。「あのデザインだからこうなったんだ」という認識がある人は少なくないと思います。

またろ 難しいですよね。「そんなことはどうでもいい」「もう終わった話でしょ」と思ってる人もいますし。全然違う話なんだけど、僕は福島の話で放射線遮蔽の、世界でもトップクラスの技術者と仕事をしていたことがありました。

そもそも放射線の世界はなり手の少ない世界で、それでも必要な技術をキープしていく必要があります。「原発を未来永劫続けていくことはいいことではないと思っているけど、国のエネルギーとして必要とされているから仕事をしている」と。で、彼が言っていたのは「今この状況になってしまって、我々のことを信用できないと一般市民がいうことはしょうがないことだ」ということです。同様の主旨のことを、日建設計のトップアーキテクトである、山梨氏もFacebookのなかでおっしゃってましたね。

建築家もまあ、気持ちはわかるけれど、こうなってしまっていることは仕方ないわけです。これからどうするかを考えつつ、名誉回復を織り込んでいけばいい。今、最優先でやらなければいけないことはザハ案の名誉回復ではない。白紙になった今、どういう形でオリンピック開催にこぎつけるか。

設計ジョイントベンチャー(JV)が色んな会社から資本を何%、何%と集めて、その人達は会社の労働基準時間を大幅に超えたところで頑張っています。それがこんなふうにストップさせられた。大成建設とか竹中工務店の方にとっては、作業計画が進んで、徹夜でいろいろやっていたと思うんですよ。

――物事を前に進めなくてはいけないということですね。まさに建設的思考というものですね。

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またろ 千田さんに伺いたいのですが、サッカー日本代表のベンチに座っていた人として、VIPエリアで色々な人と話す機会があったと思うのですが、あのスタジアムのあり方はどうなんでしょうか?

千田 VIPエリアについてですが、選手や監督はほとんど立ち入らないです。全然関係ないですね。アスリートファーストの立場から言えば、プレーをする上では全く必要ない。記者席のほうに力をいれたほうがいいのではないでしょうか(笑)。VIPエリアは目的が全然違いますよね、サッカーなりスポーツなりをツマミにパーティをするところなので。それをなぜオリンピックのスタジアム、しかも国立でやるのかと。それは論理が間違っている。

ホスピタリティ・マーケティングという言い方をするのだけど、チェルシーは過半数、FCポルトのスタジアムでは全観客収入のうち7割をVIPが占めているとか。一般の人は単価5000円とかのチケット、それをシーズンチケットで買っている人たちがいます。で、VIPは割合としては小さいのだけど、その人たちはその数倍もする単価を払って、結果的にクラブのチケット収入のうちのかなりの部分がVIPゾーンになるらしい。それをどんどん推進すべきという論文は読んだことはあります。

その方向性は間違っているとは思わないんだけど、クラブとして地域に密着して、地域の企業の接待の場所として使うということはありだと思います。それは株式会社ですから、そういうことは必要だと思います。スタジアムを保有して自前でやるのはけっこうなことですが、それを公共財としてのスタジアムでやるのはどうなのかなと。例えば埼玉スタジアムで浦和レッズが5万人の観客にプラス、けっこういいVIPエリアがあるわけですよね。そこの人たちに向けて、例えば収入の半分はこの人たちから取ってくるという営業をしたとします。それで上手く行けばいい。けど、それを県立のスタジアムでやるなら、県にどのくらい還元するのかという話にもなる。そこらへんのホスピタリティ・マーケティングはありなのだけど、都道府県立とか国立になじむのか。

ザハ案では、2万平米のVIPエリアを作るという計画でした。その中でもカテゴリが4つぐらいあって、ごく少数の100人未満の超VIPがパーティをやるところ、その他のVIP席、あとはVIP席と言われてもスカイラウンジでもなく、おみやげだけがもらえるいわゆる“ヒラの”VIP。その差別化をするのだと思うけど、そこで収入を確保するのは良いです。だけど、国立でやるのはいいのか、オリンピックの17日間のためにやるため何百億とかけるのはいいのか。その後でどこかのチームがずっと使うわけでもない。そうなると、ペイしないんだよね。チェルシーみたいに自前のスタジアムでやるのは大いに結構だけど、それを国立でやるのは違うんじゃないですか、と言いたい。

またろ 新国立競技場のVIPエリアですが、恐らくイメージしたのはウェンブリーでしょうね。FAカップ決勝もやるしCLもやる。あそこを視察してイメージした部分はあったと思います。諸室の内訳表も見たんですけど、まさに千田さんおっしゃったとおりVIPがあってVVIPがあって、それぞれにVIP用、VVIP用のレストランが有り、普通のホスピタリティゾーンがある。ご想像されている通りだと思います。

千田 イメージとしては、ベッドのないホテルという感じですか。

またろ そうですね。あとは、僕のイメージとしては食事のレベルも高くしていかなければいけない。超一流ホテルのイメージですし、あとは今日本にはないですけどカジノ。一つのエンターテイメントとして共通するのは、カジノに近いですね。

千田 サッカーがルーレットに変わるわけだ(笑)。

またろ 逆に言うとあの建物を作るのにtotoのお金を使っている訳なので、言ってみれば賭博の上になり立っているわけですよ(笑)。そういう前提にありながら、すごくキレイ事に収めようとしていますよね。あのホスピタリティエリアをちゃんと使って稼働率を上げるのであれば、例えば「ここにくれば世界中のtotoができるよ」となれば、ひとつの方法としてはありえるのではないかなと。

それから今、プロジェクションマッピングなどの映写技術が結構進んできたので、空間の照明をちょっと落として、かなり高輝度で人の動きを追えるようなプログラミングが組めれば、ウェンブリーでやってるFAカップ決勝をここに投影して見られてブックメーキングをその場でできるわけです。

千田 2002年W杯でできなかったバーチャル・スタジアムですね。

またろ そうそう、それです。それをもう一回トライして興行ベースに乗っけられるのであれば、賛否両論は当然あると思いますけど、一つの日本の文化としてもう一段ステップを上げるような機会に出来ると思います。そもそも、稼働率を高めるといっても芝は荒らさないわけですから、こういうものを作れば芝の養生機会にもできるわけです。観客を入れてもいいわけですよ。

千田 ただそうすると、運営のJSCじゃなくて民間に委託したほうがいい?

またろ そうです。そこまで開放してもらえるのであれば、ブレークスルーがあるんじゃないかなと。ただそこはFIFAともちゃんと連携をとって、アンチ・ドーピングしかり、黒い方面や八百長廃絶も考えていかないといけませんが。

千田 ただ日本のPTAみたいなところからは、理解されないんじゃないでしょうか。

またろ そうですね。ただ、世論的にカジノの許容化は進んでいるので、不可能な話ではないと思います。これも、興行とリスクヘッジをどうするか、どれだけ説明できるかによると思うんです。実際に世の中には、上流階級の嗜みとしてコントロールされた賭博空間がいくらでもあるわけですから。