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■「ゼネコンが五輪で儲かる」というのは本当か?
またろ
私は、澤山さん(アスリートナレッジ編集部)と同じサンフレッチェ広島のサポーターです。で、ご存知のとおり広島市民球場跡地にサッカースタジアムを誘致しようという活動がありまして、僕はそれにall for hiroshimaという団体で関わっていました。運動をしながら市議会に回ったり、マスコミとも色々やりとりをしたり、その中で思ったのが市の役人はとても無責任体質だということです。どんどん異動していくんですね。そのときそのときの権力なり、権益構造に埋もれてしまう。いい加減な発言をしてもとがめられることなく、平気で次の部署に移っていく。

結局、政治を変えるしかないと思いました。そこでわれわれの中で有志が立ち上がり、その人が市議会議員に当選しました。それが元スタジアムDJの石橋竜史さんです。そして今年4月の市長選には前サンフレッチェ広島社長の小谷野薫さんが出ました。でも市長の座までは届かなかった。それで、僕らがこの100万都市の地方選を戦うためには時間が足りないということがわかったんです。伝わった人には手応えはあったんですけど、それは100万市民のうちの何万人かです。やはり、政治との絡みおよび行政がどういう問題を抱えているか、というのは地方組織であろうと国政であろうと、あるべきスポーツ設備に関しても、経済学と政治学のしがらみでねじれてしまう。

問題が大きくなってもそいつらは逃げ足が速くて、取り残されるのがスポーツになるんじゃないかと。今回も、今はザハ・ハディド氏や安藤忠雄氏などの建築家がやり玉に挙げられていますが、これで一度白紙に戻って、次に見積もっても「やっぱり予算がオーバーしてるじゃないか」となったら今度はどこがやり玉に挙がるか。一つは、まあゼネコンでしょうね。「ゼネコンが暴利を貪っている」というストーリーはわかりやすいですから。

千田 特にスポーツへ関心のない人は、「ゼネコンが暴利を貪っている、けしからん、そんなオリンピックならやめてしまえ」と思いますよね。

――そもそも論として伺いたいのですが、新国立競技場建設はゼネコンとして儲かる案件なのですか?

またろ 全然です。

千田 円安ですしね。

またろ うちの会社もゼネコンの1つなので。で、うちの幹部が言っているのは、「社会的な注目を浴びる案件で、爪を伸ばしたような仕事をするべきではない、下手な仕事すると必ずどこかから刺されるぞ」と。それで周りも含めて得になることはないから、ぎりぎりのコストでやっているわけです。
 
よくわれわれは「利益1%工事」と言うんです。これが0%台になっちゃうと、株式会社なのでステークホルダーから「なんでそんな仕事を取るんだ」と株主総会で言われるわけです。だから、ぎりぎり1%の利益が出る程度、その中でコンプライアンス、CSR、株主還元といろいろな事情にがんじがらめになるわけです。無茶はできない状況なんです、これはゼネコンどこも一緒。

千田 ゼネコンが儲けたいからだ、というと本当の問題点が見えてこない。

またろ そうですね。

千田 JSC(スポーツ振興センター=文科省の外郭団体)という形で、官庁ではなく外にいる人たちがどんな権限があって権限がないのか不明確なので、1500億なり2000億なりといったお金の使い道が、国会で審議しないで決めることができる。これがそもそもの問題。あとは、もっとJSCに常識があれば「今はこうなっていますよ」という事情をもっとアナウンスして、理解を得られるようにするはずなんですよ。僕自身、実は2013年にJSCの会合に呼ばれています。そのときに、ザハのデザインを見せられました。「これはかっこいいな」と思って帰ってきたんですけど、そもそものデザインはカブトガニの甲羅みたいなやつで、その尻尾(しっぽ)が中央線や総武線にかかるというので修正案を始めたところだったんですよね。
 
■ザハ案は実現不可能では全くない
――こちらもそもそも論ですが、ザハ案が悪者になっていますけど、ザハ案じゃなきゃオリンピックは通らなかったんでしょうか?


またろ 1つの武器になったということに関しては否めない事実です。IOCの委員というのはかなり目が肥えているので、ちょっとやそっとではアピールにはならない。けど、“あれはすごいね”とみんなが言っていたみたいです。それで投票が決まるわけではないですけど、招致側は少なくとも安心したんじゃないかなと。ハードとしてのインパクトは与えることができるので、イスタンブールに差をつけることができただろうと。

千田 誰にも真似の出来ないデザインと。そのあとに、例の安倍晋三首相の、福島第一原発に対する“Under Control”というスピーチがあったりしたわけですが。スピーチの中でのポイントとして、福島とスタジアムがあった。だけど、こんなことになると予想していた人は……。

またろ いなかったでしょうね。ただ、私は1300億のコンペでザハ案を見た時、「これはコストは収まらないぞ」とは思いました。

千田 パッと見た瞬間に、「これは作るのが難しいぞ」と思われたと。

またろ 思いましたね。建築関係の仲間といろいろ言ったりして。「ここのところってコンペの敷地から外れているよね」とか。要項違反を3つくらい見つけました。広さと高さと、壊してはいけない建物を壊していた。青年館のむこうの霞ヶ丘の都営住宅あたりとか。

千田 あとは370メートルだかのアーチをやるとすれば、どこで鉄を作ってどこから運ぶという導線が疑問だったのだけど。

またろ それは意外と単純な話で、現場で輪切りにしたものを作るんです。溶接にするかリベットでくっつけるか。ただ、おそらくどこの会社がやるにしても考えたのはロボット化です。ロボットを設置して、プログラム通り溶接させる。これでやると作業の危ないところが軽減され、人海戦術もできる。ただ、それでも難しいのは上向き溶接。上を向きながらの溶接はなかなか難しくて、限られた技能者しかできないのです。

千田 イメージとしては虹の根元から付けていくと。そうなると工期とお金がかかる。

またろ ただゼネコンもアホではないので、何個か繋げたのを持ち上げたりといったことを考えます。あるものを上げてくっつけて、クレーンゲームみたいにするためには重さとしていくつ以下とか条件がある。地面にあるものを上げればいいのなら、大きなジャッキアップを使えばいい。小さいものをまず下で組んで、10個なり20個なりくっつけて、それをグーッと上げる。そういう工法の工夫で色々できるかなと、工法の素人である僕でもいくつかアイディアが出てきます。

千田 高さ40メートルだったら難しい?

またろ いえ、それは高さ50メートルでも70メートルでも、ジャッキアップの機械を日本中からかき集めてくればできないことはないかなと思うんですよね。国家事業というのはそういうこと。日本中から色々かき集めるものなので。

――となるとザハ案はそもそもそんなに実現不可能なものではなかったと

またろ ではないですね。そういう状況で建設会社は契約しないです。“できる”という自信を持って契約しないと、失敗したときの損害賠償があるので。

■ノウハウが受け継がれていない
――となると労務的な問題で300億円、ザハ案自体のキールアーチの見込み400億円があって、それでも700億。そこから膨れるかどうかですよね。


またろ あとは、施設としてコンパクト化することですね。もともと1300億だったんですけど、最初に見積もった額では3000億円でした。見積もった広さが29万平米。この29万平米というのも、世界で他に存在しないくらいの大きさなんですけど。

千田 敷地そのものは北京も大きいと聞きましたが。

またろ 僕も『鳥の巣』は行ったんですけど、あそこはハリボテみたいな建物で。何か災害があったとき、中間の人たちは建物からどう逃げていくのかが難しい構造だと思ったんですね。僕はいわゆる末広がりみたいな構造にして下ろしていくのかなと思ったんですが、行ってみると1~3階まで細い階段しかついてない。「これはなんかあったら人が死ぬよな」と思いました。北京五輪では3,4時間かけて人を動かしたそうですが、日本では到底成り立たない計画です。むこうは政府が強力なので。

千田 日産スタジアム(横浜国際競技場)は6~7万入って満員になっても、人がハケるのは意外と早いですよね。1時間かからない。ただ、人が多すぎると新横浜駅と小机駅で渋滞してしまって2時間くらい駅に入れなくなったりはしますが。

またろ 日本ではあれだけの規模のものを作ると防災評定というのが必要で、何かあったときにどれくらいの人が待機して、ハケられるか、火事から逃げられるか、そういう規定が厳しくあります。それをやっていれば大概、末広がり計画にせざるを得ないんですね。

千田 ザハ案はどうだったんですか?

またろ ザハ案は平べったいところにペデストリアンデッキをかなりとって、亀の頭とおしりのところに大きなたまり場を作っているんです。そこがバッファ(緩衝地帯)になっているので、人を逃げさせることは考えているのかなと。

千田 屋根の話に戻りますけど、2002年のW杯のときに新しいところをいろんな所で作って、大失敗だと思ったのは大分ビッグアイです。代表通訳のときに、移動中のバスに「雨が降っているので締めていいですか」という連絡が来て、オシムさんは了承したんですね。で、閉めるのは30分くらいで終わったのですが、その後すぐ雨が止んで蒸してきたんですよ。それで、屋根を開けてくれと言ったら「開けられない」と。「実は、開けるのには3時間かかるんです」と言われて(苦笑)。さらに構造上、大分ドームは芝に日が当たりにくいので、芝の生育がすごく悪い。

――2008年、J2でサンフレッチェ広島がプレーしたことがありますが、本当に選手がズルズル滑ってましたね。「ビニールシートの上に芝をまいたような状態」と、誰かが表現していました。踏み込んだら滑るような、非常に危険なピッチだったことを覚えています。

千田 あとは構造よりは位置の問題で、宮城スタジアムですね。あれも全然使えない所に作ったりとか、いろいろ問題があった。その経験がどう活かされたのか、今回の新国立競技場問題では全然見えない。スタジアム作りのノウハウが受け継がれていない。そこの文脈を飛び越えてザハ案がでてきて、インパクトがあったので最初は僕も感心したんです。ただ、もっと旧国立を壊さないで、あれを土台にして作ればよかったのにとも思いました。


■「スタジアム学会」を作ろう!
またろ JFA(日本サッカー協会)が今回のプログラム作りにどう関与していたかというところも非常に気になります。僕はゼネコンがやり玉に上がると言いましたけど、次にやり玉にあがるのはJFAだと思うんです。「8万人収容とか無茶な要求しやがって」と。

千田 恐らく、W杯を緊急開催できるものにしてくれと注文したと思うんですよね。8万人収容と、屋根付き。

――2022年カタールW杯が、スキャンダル問題もあってひょっとしたら日本に来るかもしれない、という想定を恐らくしているわけですよね。W杯決勝を開催するメインスタジアムは8万人収容というのがFIFAの規定ですが、実際は交渉次第でどうとでもなると思います。

またろ そもそもブラジルでも7万人収容でしたよね。

千田 スタジアム問題としては、誰か能力のある人たちが2002年問題から経験を蓄積して“スタジアム研究会”みたいなのを作ればいいと思う。ゼネコンの中のサッカー好きの人とかが。

またろ 以前に、ジェフ千葉がフクアリを建てたとき、当時の総務部長さんをインタビューをさせてもらったんです。僕は建築の玄人なんですけど、その人は素人とは思えないほど知識を持っていて「スタジアムがこうなると、こういう悪いことが起こる」というのが社内で共有されている。その次に作る所があったら、自分の知識をもれなく教えますよ、と。

千田 JFAはそういう人たちを集めてシンポジウムなんかをすれば良いのかなと。

またろ そうですね、「隠れスタジアム専門家」を探せば良いのでは。

千田 現場の声は集めないといけないよね。芝の管理者とかも特に。

――そういえば、さいたまスタジアムは建設時に芝の専門家の意見を入れなかったから、フィールドに風が通らず、芝の生育には厳しい環境であるという話を聞きます。

またろ 芝の管理者はかなり大事です。メインの影が何時間落ちるか、とかですね。ピッチが南北に向いていると西日の半分が全部かぶってしまう、そういう事情があります。それはジェフの芝の管理者も言われていました。ただし、東西にしちゃうと今度はピッチ上で有利不利が出てきますよね、西日に目が入ってしまうとか。だから、一応スタジアム基準においては南北が好ましいと言われているのだけど、その場合メインの影の影響を考えなければいけない。

千田 いやあ、スタジアム学会が欲しいですね。

またろ こういうの、スタジアム豆知識で終わってはいけないですよ。積み重ねなきゃ。スタジアム学会に多方面からの知識を入れるべきです。あとは空調や照明をよく知っている人。それで、ある程度のプロトタイプ、虎の巻を作るのは良いことかなと。

千田 チェックポイントをいくつか作るとかね。サッカースタジアムに特化しなくても、野球場でもラグビー場でもいいと思います。野球は天然芝のところが少ないので、“天然芝の会”みたいな。

またろ 屋根を作ったゆえに天然芝にできない、東京ドームなんかがそうなんですけど。膜構造である程度半透明の屋根にする。そうすると暑くなるので、必要な芝の生育時間以外は、例えばブラインドみたいなのをかぶせて二重にするとか、それで中で育てる事はできないのか? そういうアイデアはほしいですよね。