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アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

対談のテーマは、「新国立競技場“騒動”の虚実」と題しました。収録時点から様々な状況が変わっており、掲載時にも幾つか修正点が出るとは思いますが、いずれにせよ共通していえるのは「騒動」であるということ、その争点を作ったのは何なのかということ。

とはいえ、あら探しや犯人探しをしても意味はありません。建築というのはまさに建設的思考であり、いかにこの状況を変えていくべきなのか? そのために、建築を学んでいない大多数の国民、とりわけ新国立競技場を使用する可能性の高いスポーツファンはどういう予備知識を持っておくべきなのか? そういった点に留意し、今回の対談を構成させていただきました。それでは、早速ご覧ください。(取材日:2015年7月22日 構成:澤山大輔[アスリートナレッジ編集部])


■首都圏の建設物価は跳ね上がる
千田善(以下、千田) 本日はよろしくお願いします。私は立教大で非常勤でスポーツジャーナリズムを教えています。授業では「スポーツの商業化」とかいろいろテーマがあるんですけど、今年は新国立の問題を取り上げています。自分なりにネット経由で情報を集めて話をしていますが、学生にとっても他のテーマよりもすごく関心があるみたいですね。その辺の現状はどうなっているのか、どうしてこんなことになってしまったのか、そういう話を伺えたらなと思っています。

またろ よろしくお願いいたします。どうしてこうなってしまったのか、われわれも分析しきれてないところがあります。正直申しまして、首都圏の建設物価はおそらく2年後、皆さんが想像するよりもずっと高くなります。人が足りなくなるんです。特に労務関係が難しくなる。これは積み重なってきた構造的な問題で、要は仕事を辞めちゃった人が多いんです。建設といったら鳶さんが頭に浮かぶと思うんですけど、あとは土工さんと言って雑用をしたり土を掘ったりする人、コンクリートも流す人がいれば打つ人もいたりして、特に仕上げる人は技能が必要になるんです。けど、そういう人たちの年齢は60歳を超えている人が多いんですね。

そういう人たちは、様々な問題で継続が苦しくなったら辞めてしまいます。それで、どんどん職人が減っているんです。これは建設業界全体の問題です。特に震災以降、最初に火が付いたのは東北。東北の人たちは東京に出稼ぎに来るのがほとんどだったので、そもそもそんなパイがいなかった。ところが復興事業で職人の取り合いになったので、単価が一気に跳ね上がった。さらに東京オリンピック開催が決まり、アベノミクスで特にオフィスビルの需要が高まったのか供給が上がったのかはわからないところですが、建て替え需要が増えました。

加えて、日本の為替が安くなって海外の資本が入ってきて投資先を探しているような状況があります。建設ラッシュといっても差し支えない。今後、直接オリンピックとは関係ないんですが、インフラ関係の需要も高まります。オリンピックをやっているときに工事中というのは美しくないので、恐らくオリンピック前に仕上げようとするでしょう。さらに、多くのホテルが改修に入ります。これも“オリンピックのために改修しました“という形が良いので、そこまでに終わらせたい。数少ない職人たちの前に、これだけ仕事がぶらさがっているわけです。

そこで、例えば1日3万稼げる仕事があるとして、もう1つは5万円、さらに国立競技場だったら7万円、となったらもちろん国立競技場の仕事を取りますよね。けれども、国立競技場が4万だったら? まず行かないでしょう。そうすると、工期は間に合わない。当然、「それは絶対だめだ。絶対に間に合う工期でのコストを入れてくれ」となると、7万で見込むしかないわけです。間違いなく、そういう見立てをしていると思います。

■キールアーチで400億上がった
またろ 工期が絶対にしくじれない工事は、どこかで数ヶ月の突貫工事、24時間工事をする必要があります。夜間工事は1.数倍の値段がかかります。ライトとか仮設代ですね、そこがどんどん加算されていって、設計をされたJV(ジョイントベンチャー=土木建設業界などでの企業合同体)の人たちとの乖離が出てきます。一方ゼネコン(総合建設企業=大手建設会社)はどうするかというと、下請け業者に「この値段でどう?」と聞くわけですが、「いや、この時期にこうするとなると◯◯さん、これぐらいの値段じゃ無理ですよ。コケちゃう可能性がある」と言われる。そうなれば、お金を入れざるを得ないわけです。積み重なると、平気でコストは2倍・3倍になるんですよね、見えない所で。

千田 結果的には白紙になったけど、2500億という当初の見積もりコストの中にもそういう部分はあるわけですか。

またろ そう思います。僕の想定ではたぶん300億くらい、見積りとして上げざるを得なかった部分があると思います。

千田 でも、それだけでは当初の倍近くになったということの全部は説明できないですよね。

またろ そうです、全部は説明できません。もう1つは『キールアーチ』というものに対して、最初に考えていた構造が間違っていた部分があって。それをフォローしていくのにお金がかかったであろうことは確実でしょう。キールアーチで値段が上がったのが、僕の試算では400億くらいです。おそらく、最初に考えたザハ・ハディドの下で構造を担当した方がいるんですけど、アーチをどーんと作って、端と端にでかい重石を付ければ持つんじゃないかと。あるいは岩盤があれば岩盤に対して、アースアンカーというワイヤーを打ち込んで抑えこもうとした。その2案のがあったんでしょうけど、アンカーを打ち込まなきゃいけない場所に大江戸線の駅があった。これはさすがに動かせない。となると、あとは弓みたいに弦を張るしかないわけです。

千田 それは建築エコノミスト森山高至さんが書いていたやつですね。

またろ そうです。それは間違いなく、ここでお金が上がっている。

千田 そのあと2本で2万トンとかいうので、弦はどれだけかかるものですか?

またろ 弓矢で考えてもらえれば分かる通り、弦の部分はそんなに太くなくてもいい。張力だけです。鉄は引っ張る力がすごく強いですから、抑えると曲がっちゃいますけど、引っ張りには強いです。鉄骨でやるのであれば、上の鉄骨に比べれば10分の1以下の鉄骨でいける。ただ、それを考えたときにどうしても建物が動くことを念頭に置かないといけない構造になるわけです。

■そしてしわ寄せはノンキャリへ
千田 例えば橋や鉄道のレールで、噛み合わせなどで温度によって長さが変わるのに対応したりしますが、それと同じですか?

またろ そういう動きももちろんあるんですけど、風とか地震とかがあったときにどういう挙動をするかで、ある程度の自由度も求められます。

千田 根本(ねもと)のところにある程度自由度をもたせると。

またろ そうですね、それをわれわれは『すべり支承』と言うんですけど、ツルツルの鉄板と鉄板を挟んでここでズリズリ動くような機構ですね。いわゆる東洋ゴム問題で偽装がありましたよね。あの免震装置の一種をそこに仕込まなければというので。それをタイバーっていう弦をある程度、何箇所に1個ずつこいつ自体に重量がありますから、どっかで地面に接しなければいけないんですよね。

千田 そんなものを世界で作った人はいるんですか?

またろ タイバー自体は土木的な中では使う方法らしいんですけど、建築で使っているのは聞いたことがありません。

千田 そういう意味では、安藤さんが言っていた日本の技術力に繋がると。

またろ ただ、あの人がその後に「なんでこんなことになったのかわからへん」と言っていたように、思っていた以上に大変なことだったと。正直、森山さんが批判していることは半分以上は正しいと思います。なぜそのときに見抜けなかったのか、と。

ただ「もっと元凶は違う所にあるでしょ」という意見もあります。なぜそもそもピッチ上に屋根がいるのか? Jリーグで開閉式屋根を採用しているスタジアムも、動かすのをやめているところもあります。野球の福岡ドームも、開け閉めをやめたみたいです。「使ってみたら使いにくいから、やめた」というのが随所であって。

千田 開閉式屋根は音楽のコンサートをやるためであって、スポーツ的には必要ないんですよね。観客席は2/3ないし3/4は覆っていなければいけないというのが基準であって。それはサッカーのW杯基準なので、オリンピックには必要ない。開閉式で閉じちゃうというのは、有識者会議で都倉俊一さんが出ていて、閉じてもらわないと業界的に困るというのを言っていて。

またろ その「困る」という部分を細かく言うと、8万人規模のイベント誘致を考えるときに、「雨が降ったら中止」という条件では呼べるものが限られるんですよね。ロックフェスはできると思いますけど、ちょっとお行儀の良いイベントだと人が集まらない。収益の一つの柱として担保するためには、屋根がないと興行を募集できないと。そういうのが都倉さんの主張です。聞いてみれば“そうか”と思うんですけど、それで年間いくらでその収入が見込めるかというと3億円とか5億円程度なんですよね。

千田 それに、稼働率を上げると言ってもその規模のコンサートというのは年間で7~8回しかできないんですよね。

またろ それはお役所で。例えば国交省が地方に高速を作るためにありもしない、年間一番稼働率のいいお盆休みとか年末の稼働率ベースでの収入が365日続くというばかみたいな試算をやって。そこで批判されてもやり続けるという。それと構造は一緒なんですよね。

千田 役人ですからね。省益を増やすためには平気でそういうことをやる。

またろ 屋根を作りました、でも稼働率上がりません。維持費だけかかってお荷物になっていますと。で、じゃあなんでこんなことやったんだ?というと、その省庁のその部署の人はもういない。

千田 3,4年で代わりますからね。

またろ その人たちにコメントを求めても、“私に話す権限はありません”となる。結局、生え抜きのノンキャリが残ってしまう。JSCの本当に頑張ってきた人たちがいじめられると。もはや日本の縮図ですよね。