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アスリートとアスリートを応援する人のための知識データベース

――ここ5年で、観客の割合に変化はありましたか?
 
中村 年齢層に変化がありましたね。18歳から38歳の観客が増加しました。極端なんですけど、アメリカでは北米リーグ倒産後「アメリカではサッカー人気がない」という定説が一部根強くある中で、今まではその先入観・偏見を変えようと一生懸命やってきたんです。ただ、それはあまり効率的じゃないということに気づきました。
 
 例えば、シアトルやポートランドは爆発的に人気が出て、平均4万5千人ぐらいの観客が入るようになりました。彼らがしたことは、要するに反社会的・反体制的な人たち、皆と違ったことがしたい若者、「俺は新しい視点のものが好きでかっこいいんだぜ」という人たち……実は、こういう人たちがこれからのキーだってことに気づいて、偏見や先入観を持っている人たちへのマーケティングからシフトして行きました。そして、若者たちの中でのトレンドメーカーに焦点を絞って、「MLSってクールなんだ」というイメージを持ってもらうような戦略に切り替えました
 
――具体的に、どういう戦略を取られたのですか?
 
中村 一番わかりやすいのは、『MLSデジタル』という部署を作ったことですね。そこに2、30人を雇って、ひたすらソーシャルメディアに注力しました。今は、「この層は何時にソファーに座ってテレビをつけてサッカーを観る」という時代ではないと思います。あるいは、「チケットを買って何時に映画館に行く」という世代の分け方もできないでしょう。それよりも電車に乗っている時、何かをしている最中に15秒間だけvineを見る、あるいは面白いネタを見る、といった人たちが今後の主流ということで、その専門集団である『MLSデジタル』という部門をつくりました。
 
 あとは、移民二世や三世に向けた施策です。もともと彼ら・彼女らの先代は、MLSができる前からアメリカにいたわけです。その時代にはMLSはありませんでしたが、自分たちの国のサッカーやアメリカに来るメジャー大会を観ていたわけで、サッカー自体の人気はあったのです。MLSもできて10年そこそこぐらいは、選手にも投資をしていませんでしたし、彼らにとって観る価値は小さかったと思います。しかし彼ら・彼女らの子どもがアメリカという国で生まれて育ち、二世三世が出て来たんですね。それが今の18歳から38歳になる年代です。
 
 彼ら彼女らは、生まれた時からMLSと一緒に育って、プロサッカーリーグがあるのが当たり前という世代です。「親がサッカー好きだし、自分も好きだから、生まれ育った国のプロサッカーリーグを観たい」という気持ちを持っている。それが今、MLSに乗っかってきたという部分はありますね。
 
――なるほど。MLSは昨年9月にロゴをリニューアルしましたが、これも「MLS=クール」というイメージにするための施策ということですか?
 
中村 そうです。あれは、色を自分の好きなようにカスタマイズして使えるように作っています。これも、「デザインはこうなんだ」と押し付けているのではありません。コンテンツも同じで、押し付けるのではなく皆が拾って拡散してくれるという方向性にシフトしていますね。
 
――つまり、こちらがドンと押し出すのではなく、クールなイメージを保った中で受け手にいろいろな選択肢を持たせると
 

中村 『ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』(マルコム・グラッドウェル著)という本にもありましたが、言葉を若者たちに響くような形にすると「あの子もやってるなら俺も」と広がっていくんですね。実際、「MLBはもう古くてダサい」というイメージがついて、若者離れが深刻な課題になっています。
 
――そのあたりはMLB専門のライターさんに伺ったことがあるんですが、MLBもその対策のためにソーシャルを相当強化しているんだそうですね
 
中村 そうですね。今、どのチームにもソーシャル部隊が専属でいます。その上、自前というところが特徴ですね。チケットを売る人もスポンサーを売る人もソーシャル担当も、全部インハウスでやります。そうでないと、自分たちのストーリーをパッションを持って話せないんです。外部の広告代理店やチケット販売代理店、ITメディアの代理店に全てを任せてしまうところはあまりないです。その分、人材にお金をかけることになります。
 
 これまでお話したことはだいたいどのリーグでも最近では普通にやり始めていることですが、MLSが唯一やっているのはチケット販売要員を育成する施設、学校を作ったことです。
 
――チケット販売員の育成施設ですか??
 
中村 そうです。大卒の新人や20代前半、これからスポーツ界に入りたい人を選抜して3カ月の学期ごとに30人くらい募集をかけ、ひたすらチケットの売り方を教えます。MLSのチームから委託を受けて実際にチケットを売ってもらうので、そこでみんなMLSに対する思いもできる。そして卒業生は、いろいろなチームに引っ張られていく。選手がドラフト1位で選ばれるとコミッショナーと写真を撮ったりしますが、ああいう感じで卒業生も「君がほしい」と引き抜かれていくんです。
 
 そこで製品知識も覚えるし、売るのがどれだけ大変かもわかる。卒業生同士で横のつながりもでき、各チーム間のチケットが強くなる。知らない誰かを雇うより、チケットの売り上げは断然良いらしいです。さらに特徴的なのは、アメリカみたいな転職の国であっても離職率が低いんですね。入学するための願書も珍しくて、You Tubeで1分から2分ぐらい「なぜMLSのチケットを売りたいのか」という自己PRビデオを送ってもらうんです。面白いことを動画に撮ってそれをアップロードして、という準備は結構大変なんですよ。でも、それだけ手間をかけて行なうというコミットが欲しいってことです。
 
――ある意味、そこで振るいにかけているということですね?
 
中村 そうです。こうした施策の甲斐もあって、今のMLSの平均チケット観客動員は2万人を超えました。チケットが売れないと放映権が売れないですから。スタジアムが満員になって、「観たいのにスタジアムに入れない」という状態になって、初めてテレビ放映権が売れるんですね。
 
 MLSはスタジアムも2万人から3万人のサイズで作っていて、20チーム中15チームは自前のスタジアムを所有しています。テレビに映ると、地方の一イベントが全国区になる。マスメディアのマスの力が出るんですね。そうすると、初めてスポンサーが乗っかるメリットが出てくるわけなんですね。 
 
 ただ、チケット担当とスポンサー担当は完全に分けています。というのも、両者を兼任させると、スポンサーを売りたいに決まっているわけです。一発売れれば500万円、1000万円、場合によっては1億円にもなる。気持ちいいに決まっています。でも、チケットの場合テレアポで一日売れてもせいぜい3%と言われており、一日数千円~数万円くらいしか売れない。しかも、そのうち97%は断られてしまうので、精神的には負担が大きい。だからそこは完全に分けて、チケットを売る人たちの環境を整え、チケット販売に集中させ、そこからのし上がっていく感じですね。
 
――伺うと、MLSはチケットを売ることに対して非常に貪欲なのが伝わってきます
 
中村 例えば、4大メジャーリーグスポーツの野球、ホッケー、アメフト、バスケはチケットを売る担当者の平均人数1チームあたり40人です。MLSでも平均20人まで増えています。
 
――その人達の収入はだいたいどれくらいなんですか?
 
中村 年俸380万円くらいです。出世すれば部長級で3000万円から5000万円もらえます。ちなみに、MLSのコミッショナーはあまり日本の方には馴染みがないと思いますが、彼の年俸は推定5億円です。また、NFLのコミッショナーは年俸44億円です(ヤフースポーツ2014年引用)。
 
 一方で、選手の年俸の効果測定というのは非常に難しいものだと思います。それゆえ、MLSや他のメジャースポーツの大部分でも「そこに大きな投資をするのはリスキー」と考えて、サラリーキャップ制度を導入しています。高額年俸の選手をそろえるだけでは常勝軍団は作れないと思いますし、負けることも多いと思います。成長途上のリーグやチームの場合は、最初から選手に原資の大部分を投資しなくとも良いのではないか、と思います。
 
――MLSではベッカムを筆頭にアンリ、マルケス、最近ではカカーやジェラード、ピルロ、ビジャ、ランパードなど高額選手を連れてきていますが、ただ連れてくるのではなく回収のスキームがきっちりとあるわけですね?
 
中村 そうです。回収スキームと、リーグ及び他クラブもその恩恵に預かれるか、と言う視点で獲得しています。ベッカムに関して言うと、彼の加入で、リーグの認知度向上や対戦相手クラブのホーム収入が増加するなどの恩恵に預かれます。また、恐らくですが、胸スポンサーの金額は彼に支払う額に応じて交渉していたのではないかと言われています。
 
 「ベッカムとサインしたら、胸スポンサーも同額でお願いします」ということですね。だから、サインした瞬間に、MLSは無償かそれに近い形でベッカムを手に入れていると思います。MLSは20年間、聞いたこともない選手でやってきたリーグですから、スター選手に頼らなくても儲かる仕組みができていました。だから、ベッカムで失敗しても甚大な存外は被らないようになっていました。もちろん、失敗しないように手は打っていましたけど。
 
 スポーツの原則は、チーム経営の命運を勝敗とスター選手に賭けないことだと思います。八百長しない限り負けることはありますし、スター選手は大けがをすることも、帰ってしまうこともあります。スター選手と勝敗は、チームが完成した最後のご褒美ではないかと思います。
 
――語弊があるかもしれませんが、「捨ててもいいお金ができた時にスター選手を獲る」くらいの感覚なのでしょうか?
 
中村 そういうことです。さすがに捨てて良いわけはないですし、色々なリスクヘッジをしていますが、MLSは、その「お金を捨ててもいい」と言えるまでの経営基盤をこの20年間、そしてこれからも作って行くと言えます。MLSでは「まだたったの20年間しかやってきていないのだから」とよく社内で言っています。